34:抗いがたい美貌の持ち主
目覚めたのは、自分の体がぐらぐらと揺れていることに気づいた時だった。
力強い腕の力で自分の体が持ち上げられていると分かり、私はゆっくり目を開けた。
悠の端正な顔がすぐそばにあった。
……?
私は悠に抱きかかえられていることにようやく気付いた。
もしかして私がぐっすり眠ってしまったので、部屋まで運んでくれている⁉
悠。
私は声を出したつもりだったが、声は出ていなかった。
手を動かそうとしたが、まったく動かなかった。
声も体も動かせないほど、私、疲れていたの……?
私はなんとか動く目で悠の姿を見たが、悠は私が目覚めていることに気づいていなかった。
……鈴、鈴はどこ⁉
事情聴取されている間、鈴木は霊体化していた。
会議室を出た時、一度元の姿に戻ったが、私が学校に制服を取りに行った時にまた霊体化していたはずだ。
鈴のことも気になったが、今、どこに向かっているのかも気になった。
最初はマンションのエントランスに車を停めて、建物に向かっているのかと思った。でもさっきから目に入るのは夜空に伸びる木々だった。
悠が立ち止まった。
ゆっくりと私の体が降ろされた。
……ベンチ?
私は背もたれの上の部分に頭をのせ、両足はベンチに乗せられていた。
私をベンチにおろした悠はベンチの手すりの横の方に移動した。
悠がいなくなり、私は目の前の景色が見えた。
え……。
目の前に見えているものが信じられなかった。
十メートルぐらい離れた場所に、両手をあげ、膝をつく刀岐の姿が目に飛び込んできた。
両手は天の鎖につながられていた。
地中から伸びた天の鎖に足首がつながれているのも見えた。
刀岐は意識がないのか、首を垂れている状態だった。
何が起きているのか、さっぱり分からなかった。
「こんなに上手くいくとは。君の協力を得ることができてラッキーだったよ」
見知らぬ男性の声がした。
とても甘く優しく落ち着きのある声だった。
「さて。みんな揃ったようだし、起きてもらおうか」
カサカサと草を踏み分ける音がして白いシャツ、白いズボンが視界に入り、刀岐の姿が見えなくなった。
「あれ、澪、もう起きていたんだ?」
……!
目が釘付けになった。そして呼吸することを忘れそうになった。
なんて抗いがたい美貌……。
サラサラの長めの銀色の髪。
濃いアメジスト色の瞳。
透き通るような白い肌。
誰?
「その探るような瞳。会ったことがあるんだね。私の姉に」
もし私の体が動く状態だったら、この笑みを見て、全身の力が抜けたことだろう。
それぐらい見ている者の心を溶かすような笑みだった。
甘く優しい声とこの笑みで、落ちない人間がいるのだろうか?
……いや、今はこの美貌に魅了されている場合じゃない。
会ったことがある、と言った。
姉、に?
私は思考を巡らせる。
と同時に刀岐を天の鎖につなぎ、私の動きを封じる人物がいるとしたら誰かと考え、一つの答えに思い至る。
……百目鬼。
人間の宿主の体をついに手に入れた、ということ……?
「百目鬼、澪は起きている。伊織のこと、起こしてくれるかな?」
え……⁉
右側からゆっくり琴音の姿が現れた。
琴音は裸足で芝を踏みしめ、刀岐の方へゆっくり歩んでいった。
百目鬼が琴音に化けている?
それとも琴音に憑依している⁇
「百目鬼、そんな強引に頭を掴んで起こすようなやり方はやめてくれよ。君は今、とんでもない美女に憑依しているんだよ。もっとエレガントに起こしてくれないと」
琴音は……百目鬼に憑依されている……。
じゃあ今話しているこの美貌の青年は誰なの⁉
青年は私の右側に移動したので、刀岐とそのそばに立つ琴音……百目鬼の姿が見えた。
「百目鬼、何、突っ立っているんだい?」
百目鬼……琴音はビクッと一瞬体を震わせ、青年の方を見た。
「どう、起こせば満足する?」
「そうだね。眠りから目覚めさせる方法と言えば、口づけだろうね」
……⁉
すると琴音は表情を変えず、両手で刀岐の顔を持ち上げた。
刀岐は目を閉じたままだ。
次の瞬間、琴音が刀岐に顔を近づけた。
やだ……。
刀岐と琴音がキスする姿なんて見たくない……。
そう思ったが目を閉じることができなかった。
だが、見えたのは琴音の後頭部だった。
琴音がこちらを振り返った。
ぷっくりした唇を自身の舌でゆっくり舐めた。
……。
琴音が手を離すと、刀岐の頭はまた下を向いた。
この状況下で刀岐に全く反応がないということは、薬で眠らされている……?
「うん? まだ起きないのか? ……伊織は催眠系の術に弱いのかな?」
琴音はゆっくりこちらへ戻ってきている。
「……でも澪は起きているから……。あと十分も経てば術の効果は切れるだろう」
青年は独り言のように呟き
「じゃあ、澪、少しおしゃべりをしようか」
そう言うと再び青年が私の視界に現れた。
「よいしょ」
青年はそう言うと、見えない椅子に腰をかけた。
つまり、宙で長い脚を組み、まるでそこに肘掛けがあるかのように左腕をおき、頬杖をついた。
そして少し首を傾げた姿勢で私を見た。
「澪、私が誰であるか、分かったかい?」
あの心を溶かすような笑みで私を見た。




