33:星崎参事官
ほどなくして悠と陽が来て、私たちはワゴン車に乗ってマンションに戻ることになった。
「公園を抜けて歩いて帰った方が、家、近いんだけどな」
刀岐の言葉に悠が苦笑した。
「その通りだよね。でも鎮守府では徒歩より車の中の方が安全と考えているみたいなんだよ」
その言葉に刀岐はため息をついた。
「星崎か……」
「まあまあ。伊織くんのことが心配なんだよ、星崎参事官も」
陽がなだめるようにそう言った。
ワゴン車は地下の駐車場を出て、鎮守府の建物を出た。
鎮守府の建物に入った時はまだ明るかったが、今は丁度陽が沈む直前で空が赤く染まっていた。
大通りに出るために道路を進んでいると……。
「あれ、星崎参事官だ!」
陽が助手席から歩道を指さした。
陽が指さす方を見ると、トレンチコートを来てこちらに背を向けて歩く女性の後ろ姿が見えた。
緩やかにウェーブした長い髪、くびれたウエスト、ほっそりとした脚にハイヒール。
確かにその後姿は琴音に見えた。
「どうして車じゃなく、徒歩なんだろう?」
陽の言葉に悠は車の速度を落とした。
琴音の一歩後ろ辺りに追いつくと、陽は車の窓を開けた。
「星崎参事官!」
「あら、陽くん」
「どこかへ行かれるのですか?」
「ううん。今日はもう帰るところ」
「……徒歩で、ですか?」
「そうなの。久しぶりに歩いてみたら、ハイヒールでアスファルトを歩くのは失敗だったわ」
「そうなんですね……。伊織くんと澪を家まで送るところなんです。その後でよければご自宅まで送りましょうか?」
陽の言葉に琴音はチラッと後部座席の私と刀岐を見た。
刀岐は窓の外を見て、琴音の方を見なかった。
私は無言で琴音を見た。
「ううん。気にしないで。行って頂戴」
「分かりました。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
陽が窓を閉め、ワゴン車は左折した。
琴音は少し歩くと、足がかくっとなり、ガードレールを掴み、脱げたハイヒールを履きなおしていた。
「悠、車、一時停止できる?」
「うん、この先を少し行った場所でなら」
「……星崎参事官を車に乗せてあげてください」
刀岐が無言で私を見た。
「……本人は乗らないと言っていたのに?」
悠がミラー越しに私に尋ねた。
「でも歩きにくそうで……。さっき、転びそうになって、ガードレールに掴まっていたし……。本当は乗りたいんだと思います」
「澪ちゃんは優しいね。……伊織くん、いいかな?」
「……俺に聞くなよ。この車は鎮守府のもんだろう」
「分かった。じゃあその先で車を停めよう」
こうして悠はワゴン車を一時停止し、陽は車を降りて琴音の元へ向かった。
その結果、琴音は陽と交代して助手席に座った。
陽は私の前の席に座り、車は再び走り出した。
◇
車内はしばらく誰も話さず無言だった。
すると陽が気を使い口を開いた。
「そういえば、澪も伊織くんもジャージのままだけど、制服は?」
「……!」
すっかり忘れていた。
制服はおろか、カバンもスマホも全部学校に置いてきていた。
あの時、体育倉庫から出たらそのまますぐ鎮守府に車で連れて行かれたからだ。
明日、学校は休校だった。
「制服もカバンもスマホも全部学校に置きっぱなしで……。学校に寄ること、できる?」
私の言葉に陽は「あちゃあ」と言い、悠は「え、そうなの⁉」と驚き、助手席に座る琴音を見た。
「制服もカバンもスマホも必要なものよね。もちろん、学校へ寄ること、許可するわ」
琴音の言葉に悠が「ありがとうございます」と言い、ミラー越しに私を見た。
「澪ちゃん、学校へ取りに行こう」
私は頷いた。
◇
学校に着くと、当然、校舎は真っ暗だった。
だが。
体育館には煌々と明かりがついており、校舎の周辺には沢山の車が止まっていた。
門には鎮守府の職員がいて、琴音が自身の名前と用件を伝えると、私と刀岐は校舎へ入ることを許された。陽が護衛でついてきてくれた。悠と琴音はそのままワゴン車で待機となった。
階段や廊下など、電気をつけて進んだが、真っ暗な教室のそばを通る時はなんだか不気味だったし、帰りは帰りで、つけていた電気を消しながら進まなければならず、何気に怖かった。
理の守り手として霊を扱う立場ではあったが、人間の本能としてやっぱり闇は……怖かった。
だから教室に着いてもその場で制服に着替えることはせず、ジャージを入れていた袋に制服を詰め込み、ワゴン車へ戻った。
私たちが車に乗り込むと、悠はすぐにワゴン車を出発させた。
車内では誰も言葉を発さなかったが、外はすっかり暗くなり、車の中も暗かった。
隣に座る刀岐は目を閉じていたし、琴音は無言でスマホを操作している。
皆の様子を見た陽は無言でも問題ないと判断したようで、さっきみたいに何か話し出すことはなかった。
私はしばらく外の景色を見ていたが、次第に瞼が重くなってきた。
刀岐に比べ、私は一切力を使っていなかったが、それでも気が張っていたようだ。
自分が思うより疲れていたこともあり、気づけば眠りに落ちていた。




