30:なぜ服を脱ぐ⁉
……!
突然、刀岐がジャージを脱ぎ始めたと思ったら、中に着ていたTシャツまで脱ぎ始めた。
な……、夜寝る時もそうだけど、なぜ服を脱ぐ⁉
そう思ったが、刀岐から力を与えられた私の目は、服を脱いだその体に浮かび上がる沢山の紋様を捉えていた。
刀岐の上半身には、肉眼では見えないが、沢山の紋様が刻まれていたのだ。
左手を高く掲げ、刀岐は静かに言葉を発した。
「天津神よ、葦原の中つ国に今再び降臨し、この地の不浄を清め、その光で照らし、導きたまへ――。天之御中主神、伊邪那岐、伊邪那美……」
刀岐が神の名を口にすると、その度に体の紋様の一つが光り、そして離れた場所に神がその姿を現した。
刀岐が展開する結界に現れた霊獣を見たことがあった。
今、私のために展開された結界にも、神はその姿を現していた。
でも。
授業で習った神が次々と降臨する様子は、これまでに見た神獣や神の比ではなかった。
私はただただ圧倒されていた。
そしてそんなことができる刀岐の、その力に驚愕していた。
それは異形の者たちも同じようだった。
降臨した神のそばにいた異形の者たちは驚き、逃げる者、攻撃を加える者、動きを止める者、それぞれの反応を示した。神はその反応に応じ、逃げる者には浄化の光を、攻撃する者には反撃の光を、動きを止める者には慈しみの光を降らせた。
それぞれの光を浴び、異形の者たちは次々と元の姿――人間の姿に戻っていった。
「天照大御神」
刀岐と私のすぐそばに、最後の女神が降臨した。
長い髪は腰の上あたりで金細工の髪飾りでまとめられていた。
柔らかい丸みを帯びた眉毛、目尻を飾る紅色の化粧。
ふっくらとした唇にちょんとのせられた紅。
勾玉の首飾りや腕飾り、腰で結ばれた金細工の紐、金と朱色の刺繍が入った白い衣を纏った輝く姿の女神は、そばに倒れもがく鬼と虫の妖に慈しみの光を降らせた。
鬼は私たちを結界に迎えた眼鏡の女性職員に、虫の妖は結界で待機していた男性職員の姿に戻った。
女神は私に気づき、柔和な笑みを浮かべ、そしてふわりと舞い上がり移動していった。
沢山の異形の者により淀んでいた空気が、次第に清らかな気配に変わっていった。
多くの異形の者は人間の姿に戻り、役目を終えた神は高天が原に帰って行った。
天照大御神が最後に近寄った二人の鬼、その姿は鬼であったが、原形をとどめていた。角が生え、牙が伸び、手の爪が鋭くなっていたが、人間としての面影が残っている。
その二人は……理人と結菜だった。
天照大御神は静かに声を出した。
『そなた達の罪は深い。理の守り手でありながら、罪を犯した』
理人と結菜は互いに身を寄せ、座り込み、震えながら天照大御神の言葉を聞いていた。
『人の心は弱い。その罪を悔やむのであれば、その穢れを祓いましょう』
二人は震えながら何度も頷いた。
天照大御神は慈しみの光を二人に与えた。
刀岐が私に展開していた結界を解除し、そばに来た。
理人と結菜から角と牙が消え、爪の鋭さも消えた。
『穢れは祓われました。そしてそなた達の理の守り手としての名は消えました。名も無き者として自らの罪を悔い、来世での再興を願いなさい』
天照大御神はそう言うと、輝きながらその姿を消した。
刀岐が礼をし、私も頭を下げた。
顔を上げた刀岐は厳しい目で理人と結菜を見た。
「お前たちが何をやったのか、話してもらおう」
◇
理人の話を聞いて、私は痛々しい気持ちになった。
幼馴染みだったし、つい最近まで、私は理人のことを自分にとっての王子様だと思っていた。
王子様? それはとんだ思い違いだった。
理人は……別に私のことを好きではなかった。
ただ、自分の好みとは違うが、私は男子生徒の間では人気が高かった……らしい。
そんな私が自分にゾッコンと分かっていた。
周囲の男子から「あの藤原はお前にゾッコンなんだろう」と言われることに優越感を覚えていた。
そんな中、まさに理人の好みと合致する結菜とデュオを組むことができた。
結菜は結菜で、アイドルみたいで可愛いと人気の女子だった。
さらに結菜は学年トップの理人に好意を寄せていた。
理人は結菜と両想いになれたのだから、それで満足していればよかったのに、満足できなかった。
私がデュオと、学校の問題児なのにとんでもないイケメンの刀岐を部屋に呼んだり、端正な顔立ちのスーツ姿の大人の男性と一緒にいるのを見て、納得がいかない気持ちになった。
結菜と付き合うことになったのに、私が理人以外の男性と一緒にいることに、理人は嫉妬していた。
しかも私は、町でも有名な億ションに、鎮守府の指示で、かつ親の承諾を得て、刀岐と同居することになった。
理人の中で黒い気持ちが芽生えた。
刀岐と私のことを貶めたい、そんな気持ちになっていた。
そこに百目鬼が現れた。
もちろん、理人はそれが百目鬼だとは分かっていなかった。
ただ、こう言われた。
「面白くない相手がいるのならこの箱を使え」と。
この箱にはとても強い呪いがかけられていて、星稜学園の生徒では浄化することができない。
神童を気取っている刀岐は浄化できず、デュオである私共々恥をさらすことになると。
最初に渡された箱は一つだった。
だが実践授業は3つの結界で行われていた。
どの結界に刀岐と私が入るか分からなかった。
それを伝えると、さらに二つの箱を渡された。
箱はそれぞれ藤色の布で包まれていた。
この特殊な布で包まれている限り、この箱が呪いの箱であるとは分からない、そう言われた。
理人はその箱を学校へ持っていき、自身のロッカーに隠し、刀岐が学校へ来る日を待った。
そして今日、刀岐はホームルームから姿を現した。
やるなら今日だと理人は思った。
以前、百目鬼は、降霊術の先生に化けて学校に侵入した。
そのことから鎮守府は、校内に新たな人をいれないで済むように、また事前にどんな霊か職員が確認できるように、鎮守府内で降霊術を行った。そして呼び出した霊を遺物に憑依させ、実践授業で使うことにした。
除霊であれば、遺物から霊を呼び出し、それを憑依させるところから授業スタート。
悪霊や怨霊であれば、遺物に封じておき、授業になったら解放すればよかった。
浄化はそのままその遺物に対し、生徒が浄化を行えばよかった。
理人は刀岐と私の順番を確認し、どの部屋にいっても用意した呪いの箱と遭遇できるよう、結菜に協力させた。
二人は鎮守府の職員を装い、各結界に呪いの箱を配置していた。
「こんな事態になるとは思っていなかった。ちょっとした悪戯心だったんだ」
理人の弁明に刀岐はため息をついた。
「それを俺に言うな。今話したことを正直に教師や鎮守府の職員に話せ」
刀岐はそう言うと、展開していた結界をすべて解除した。
その瞬間、そこはいつもと変わらぬ体育館に戻り、二階の窓からは明るい太陽の日差しが降り注いだ。
と同時に、異形の者に憑依され、神によって祓われ、人間の姿に戻った生徒や一部の鎮守府の職員が、突然体育館に姿を現すことになった。
現場で生徒の捜索をしていた教師や鎮守府の職員は驚き、慌てて床に倒れている生徒たちに駆け寄った。
颯斗と海斗が大声で指示を出し、現場の職員を動かす姿が見えた。
理人や結菜もすぐ職員に声をかけられていた。
八咫兵衛の姿が見えたと思った瞬間、刀岐が私の口を押さえた。
そして体育倉庫の扉を開けると、そのまま私を連れ中に入った。




