29:刀岐が見ている世界
「……!」
これが刀岐が見ている世界……。
私は息を呑んだ。
現実に異質が混ざり込んだ空間に、刀岐と私はいた。
実践授業のために展開されていた結界は消え、体育館の全体が見渡せた。
だか、そこに広がるのは、黒と茜色が混ざった不思議な色合いの床や天井だった。
そしてそこかしこに、異形の者たちが蠢いていた。
異形の者。
そう表現するしかなかった。
悪霊や怨霊に憑依された人間の姿は、授業のスライドで見たことがあった。
全身を黒い靄で覆われ、目が赤や白に光り、恐ろしい形相になっていたが、人の形は保たれていた。
でも、今、周囲にいる人達は……、人と呼んでいいのか分からなかった。
なぜなら、人間としての形を……成していなかったからだ。
鬼、化け猫、土蜘蛛……通常は調伏した後に現す本来の姿で悪霊はそこにいた。
もはや人としての心を失い、人の姿を保てなくなった髑髏の姿で、怨霊はそこにいた。
「澪、これが百鬼夜行の正体だ。八年前の百鬼夜行を引き起こしたのは百目鬼だったというわけだ。前回はただの霊の憑依が多かった。しかし百目鬼は今目の前にいる妖や死者たちの目を、この八年間をかけて集めた。そして百目鬼の特殊な憑依、それによって人は本来の姿を保てず、異形の姿へ変化してしまった……」
刀岐はそう言うと、私の手に何かを渡した。
「鈴⁉」
「大丈夫。鈴は神使だ。気を失っているだけだ。呪いの箱の目と目を合わせてしまったが、自身の持つ神の力でこれを相殺した。だから憑依はされなかった。とはいえ、神使は神ではないからな。百目鬼の呪いによる憑依をはねのけるのに、力を使いきったのだろう」
「百目鬼の呪いの箱……」
私は長テーブルに置かれた箱を見て、震撼した。
トースターぐらいのサイズの箱には……びっしりと目が埋め込まれていた。
その目は人間のような目もあれば、獣や虫のような目もあった。
そしてそこに目があったであろう窪みもあった。
刀岐は私が呪いの箱を見ていることに気づき
「俺が人避け結界を展開したから、この呪いの箱の目は憑依する人間が見つからず、そこに留まっている。憑依した目は箱から消える。いくつか見える窪みは、俺たちの結界にいた鎮守府の職員に憑依したからだ」
そう説明すると、近くに倒れている鬼と何かの虫のような妖に視線を移動させた。
あれが鎮守府の職員⁉
鬼と虫のような妖は床をのたうち回っていた。
……!
刀岐は風術のかまいたちを使っていた。
アキレス腱を切られ、動けないんだ……。
「防御結界、展開。五行相生、東に木神、南に火神、中央に土神、西に金神、北に水神、召喚」
刀岐が突然結界を展開し、私の周囲に円陣が現れ、それぞれの方位に神の姿が現れた。
「まずはこの呪いの箱から浄化する」
刀岐はそう言うと、箱に近づいた。
箱の目が一斉に刀岐を見た。
箱の目が放つ邪気の強さに、私は思わず目を伏せた。
だが刀岐は箱に近づき、左手を箱にかざした。
「我、理の守り手也。これから罪を犯さんとする者を鎮める者也。そなた達の無念、必ずや果たす。その心、鎮めよ」
一瞬の沈黙。
「災厄鎮護、幽魂鎮静、呪縛解放」
刀岐の左手から優しい光が箱に降り注ぎ、箱はガタガタと震え始めた。
そして箱に埋め込まれた目は一つ、また一つと目を閉じ、やがて閉じられた目は光と融合し、消えていった。
窪みだらけの箱がそこに残った。
……すごい。あの箱には相当な数の目が……悪霊や怨霊がいたはずだ。それを刀岐はたった一人で浄化した……。
刀岐の手から降り注がれた光はとても慈愛に満ちていた。果てしなく優しい光だった。
こんな浄化があることを、私は知らなかった。




