18:まさか澪から夜這いをかけにきたのか?
あの後。
私は刀岐と陽にコーヒーを出し、悠はお風呂に入るため席を立った。
刀岐と陽はジムでシャワーを浴びていたので、コーヒーを飲むとそれぞれ自室へ引き上げていった。私も自室へ戻った。
ベッドでは枕の横で鈴が気持ちよさそうに眠っていた。
私もベッドに横になった。
ちゃんと寝付けるかと一瞬不安になったが、今日もいろいろあった一日だった。
気づいたらぐっすり眠っていた。
深い眠りから目覚めたのは、鈴の尻尾が私の顔に当たったからだった。
「うん……、どうしたの、鈴?」
「ごめん、澪、起こしちゃった⁉」
「尻尾が当たった。で、どうしたの?」
「……隣の部屋で霊の気配がして……」
「……!」
私は一気に目が覚めた。
刀岐が除霊をやっているんだ。
私はベッドから起き上がった。
「澪、どうするんだ?」
鈴が私の肩に乗った。
「まずは様子を見てみる。悠とも話したけど、やっぱりいくら刀岐が神童であっても、一人で憑依と除霊をやるのは危険だって」
私の言葉に鈴が頷いた。
「分かった。憑依されているのか、除霊しているのかはドア越しでも分かるから、行ってみよう」
鈴の言葉に私は「うん」と返事をして廊下へ出た。
刀岐の部屋のドアの前に立った。
ドアの下の隙間から青白い光が漏れていた。
部屋の電気自体は消されているようだった。
何か唱えるような声が聞こえた。
「……除霊が終わったようだ。入るなら今だ、澪」
鈴の言葉に頷き、私はノックをすると、返事を待たずにドアを開けた。
部屋は今朝と同じで、床には円陣、散乱する護符、古文書は開かれたまま棚に置かれていた。
そして刀岐は上半身裸でベッドに座っていた。
サイドテーブルのランプだけが灯っていた。
「どうした澪? まさか澪から夜這いをかけにきたのか?」
私は小走りに刀岐の元へ向かった。
「夜這いなんかじゃない。ねえ、刀岐、なんで憑依と除霊を一人でしているの? 刀岐は一人暮らしなんだよ。今朝みたいに猫に憑依されて、体を乗っ取られたら困るじゃない」
「……今朝は油断していた。いつもちゃんと結界を閉じてペンダントもつけてから寝るんだが……。気が緩んでいた。澪が来てくれるって分かっていたからかな」
「私を当てにしていたの⁉ 気が変わって来なかったからどうしていたの⁉」
「澪はそんなことしない。やると決めたら絶対に実行する」
「な……。でも分からないわよ。電車が止まって来られなかったかもしれないじゃない」
「……」
「私は鎮守府から受けた仕事で除霊をしていると思った。でも悠に聞いたら、鎮守府ではそんな依頼をしないって。刀岐は自主的にやっているのでしょう? それは悪いことだとは思わない。でも何かあったらと思うと心配だよ。刀岐は私のデュオなんだよ。刀岐がいないと、私は困る」
「澪……」
「それに夜は体を休めるためにあるんだから。ちゃんと刀岐には寝て欲しい」
刀岐は膝に肘をつき、組んだ手を額に押し当てた。
「……寝られないんだ。憑依と除霊をやって、クタクタになって気絶するようになら眠ることができる。でも普通にベッドで横になっても……無理なんだ。脳裏に昔の嫌な記憶がよみがえって……」
「……!」
刀岐も本当は百鬼夜行事件で心の傷を負っているんじゃ……。
「澪、頼みがある」
「何?」
「俺と寝てくれ」
「……はああああああ⁉」
その瞬間、刀岐に口を押えられた。
「静かに。悠たちに聞こえるだろう」
私は刀岐の手を両手でつかみ、外そうとした。
が、びくともしなかった。
「変な意味じゃない。……子供の頃、寝付けない時、母親に抱きしめてもらったら不思議と安心して眠ることが出来たんだ。だから一度でいいから試させてもらえないか……」
刀岐はそう言うと、ゆっくり私の口から手を離した。
「なんでそんなこと私に頼むのよ⁉」
「こんなこと頼めるの……澪しかいない」
「お母さんに抱きしめられて落ち着くのなら、琴音に……星崎さんに頼めばいいでしょう。星崎さんの方がよっぽど母性を感じられる体もしているじゃない」
「絶対にイヤだ」
「な……」
「誰でもいいってわけじゃないんだ。俺は……澪がいいんだ」
「訳わかんない‼ いくら私がデュオだからって……」
「もし、試して、眠れたら、もう夜に一人で除霊はやらない」
「……!」
「頼む、澪」
「……信じられない。刀岐は……朝起こしに来いとか、一緒に寝ろとか、なんで私を巻き込むのよ‼」
「それは……」
「いくら刀岐の頼みでも、男の人と同じベッドで寝るなんて無理に決まっているでしょ」
「澪……」
刀岐は悲しそうな顔をしたが……。
「分かった。ごめん。澪の言う通りだ。デリカシーがなかった。それに巻き込むようなことばかりして本当に申し訳なかった」
そう言うと弱々しく微笑んだ。
「……」
「もう今晩は何もしないで横になっているよ」
刀岐はそう言うと左手を天井に向け、何か呟いた。
そして天柱封じのペンダントを着けた。
「おやすみ、澪」
「……おやすみなさい」
私はそう言うと後ろを振り返らず、刀岐の部屋を出て自分の部屋に戻った。
「澪、大丈夫か?」
鈴が静かに囁いた。
「全然、大丈夫じゃない」
刀岐を傷つけてしまった気がした。
苦しんでいる刀岐が助けを求める手を、払いのけてしまった気がした。
結局ベッドで横になっても、私は眠りに落ちることはできなかった。




