17:こんなコーヒー、毎朝飲めたら幸せだろうな
「うん。そこだけぽっかり穴が開いていて、霊の侵入が可能になっている」
「えっ⁉ 今もですか?」
「いや、今は閉じられている。おそらく部屋を離れる時は閉じるようにしているのだと思うよ。でも何度も開け閉めしているから、痕跡が残っていた。僕が点検して分かるぐらい」
「それって危険な状態なんですか?」
「閉じている分には危険はない。けれど開いていると……とても細いし、一体の霊が通れるレベルだけど、通り道が存在することは見逃せないよね」
「……多分、それ、鎮守府の仕事をやるために開けているんだと思います」
私は悠に、今朝、刀岐の寝室を訪れた際に鈴が言っていたことを話した。
ちなみに鈴はもう部屋で寝ていた。
「なるほど……。でも澪ちゃん、鎮守府は流石に『一晩かけて、憑依と除霊をやれ』なんて仕事を依頼することはないと思うよ」
「そうなんですか?」
「伊織くんのレベルを考えると、鎮守府が依頼する仕事は……政府機関が新しく建物を建設するにあたり、新たに展開する結界の依頼をする。調伏が難航する悪霊や怨霊の対応をお願いする。政府要人に憑依した霊の除霊を頼む。そんな通常の守り手では困難な案件だと思うよ」
「じゃあ刀岐は何のためにあんなことを……?」
「……多分、少しでも霊を西に送りたいと思っているんじゃないかな。心が弱って、天柱が開いてしまい、憑依される人が沢山いる。憑依されてしまう個々の人間をどうかすることはできないけど、憑依してしまう霊を減らすことは、伊織くんならできる。だから寝る間を惜しんで除霊をしているんじゃないかな」
「……それってもしかして百鬼夜行事件を経験したから……?」
「そうだろうね。でもまあ、そうだとしても、それで朝起きられなくて学校に行けないというのは問題だけど」
悠が苦笑し、コーヒーメーカーからカチッと音がして、私は席を立った。
「仕事だから仕方ないと思っていましたが、自主的にやっているなら控えるように話してみます。デュオを組む者として、学校にはちゃんと来て欲しいので……」
私はマグカップにコーヒーを注いだ。
「悠はお砂糖とかミルクは使いますか?」
「いや、僕はブラックで大丈夫」
私はマグカップを両手に持ち、ソファへ戻った。
「ありがとう、澪ちゃん」
悠はテーブルに置いたマグカップを手にとり、早速コーヒーに口をつけた。
「香りもいいね。すっきりして飲みやすくて僕の好きな味だ。こんなコーヒー、毎朝飲めたら幸せだろうな」
悠が微笑んだ。
単純に褒められたことに嬉しくなり、そして毎朝飲めたら幸せという言葉に胸がキュンとした。
「そ、そうだ! 悠に聞きたかったことがあるんです」
「なんだろう?」
私は刀岐が猫に憑依されていたこと、猫が憑依した場合に制御が可能なのか、そして動物の除霊はできるのかなどを尋ねた。
悠はコーヒーを飲みながらしばし考え込んだ。
「……猫の妖を調伏したという話は聞くけど、自分自身に憑依させて除霊する……それは聞いたことがないし、僕もやったことがないよ」
悠はマグカップをテーブルに置き
「というか、澪ちゃん、よく頑張ったね。最終的に除霊できたんでしょう?」
「はい……」
「猫の霊を制御できるかどうかは分からないけど、そもそもとして自分自身に憑依させて、除霊するのは危険なことだと思う。猫の霊だったから笑い話で済むけど、もしそれが悪霊に近いような霊だったら、体を乗っ取られることになりかねないしね」
「そうですよね……」
「それと澪ちゃん……、そんなに簡単に男性の寝室に足を踏み入れるとは、ちょっと心配になっちゃうな」
「……‼」
「……ごめん、そんなこと僕が言う筋合いではなかったね」
「いえ、私、そーゆうところ疎いというか、弱いので指摘してもらえてよかったです……」
なぜか最後は小声になってしまった。
そして悠が何も言わないので、二人の間に沈黙が流れてしまった。
悠は優しい眼差しで私のことを見ていた。
やっぱり悠は端正な顔立ちで、すごく綺麗だった。
「澪ちゃん……」
悠が私の名を呼んだ時だった。
玄関の方から物音と話し声が聞こえてきた。
刀岐と陽が帰ってきた。
「あー、コーヒーのいい香りがする」
陽がリビングに入ってくるなり鼻をくんくんさせた。
「あ、陽、コーヒー飲む?」
私の問いに陽は笑顔で答えた。
「飲む、飲む」
「俺も飲むぞ」
刀岐も部屋に入ってきた。
……悠、何を言おうとしていたのかな……。
悠はノートパソコンを閉じ、陽と話しをしていた。
私はコーヒーを用意するため、キッチンへ向かった。




