14:駆け引き上手
「それで百目鬼は遊びに来たと言っていたようだけど、いつから伊織は百目鬼とお友達になったのかしら?」
「なるわけないだろう!」
「じゃあ、なんで百目鬼はあの場に現れたのかしら?」
「目障り、生意気なガキだと思ったんじゃないか」
「でも伊織、相当な脅しをかけたわよね? それでのこのこまたやってくるかしら?」
「星崎、お前、そもそもの部分の解明は済んでいるのか?」
「というと?」
前のめりだった琴音がソファに身を預けた。
「オフィスビルで百目鬼が憑りついていた女、なぜあの女に奴は憑りついていたんだ? それは解明したのか、星崎?」
「それは――」
琴音は胸の前で腕を組んだ。
「百目鬼は生霊の姿で現れた。なんで生霊の姿で現れた? 妖なんだ。普通に憑依すればいい。でもそれをしなかったということは、百目鬼は本体を、肉体を持っていなかったのでは? 死んではいないが、肉体がない。だから百目鬼は人間に寄生していた。つまり百目鬼には宿主がいるんじゃないのか?」
「その可能性は鎮守府でも検討されているわ」
「俺の見立てだと、百目鬼は別にあの女なんてどうでも良かった。でも宿主があの女を求めていた。まあ……宿主自体もあの女じゃなきゃならない、ってわけではなかったように思えるが。
恐らく、長く綺麗な真っ直ぐな髪で、肌が綺麗な女が好みなんだろうな。寄生している百目鬼は宿主にはある程度従うしかない。だから宿主に言われ、あの女をストーカーしていた。だがだんだん面倒になっていたんだろう。
男の欲望が行きつく先なんてどうせ女の体だ。そしてあの時、偶然にも男の体に招かれ憑依できた。そして目の前にはあの女と似た女性がいた。手っ取り早く宿主を満足させるために、その女性に襲い掛かった。
だが、俺から反撃された。あの時、俺が掴んだ生霊には二つの魂が混ざり合っていた。百目鬼と宿主の魂だ。百目鬼に煽られあの場にきていたのだろう。
そして俺の警告にビビりまくったのは宿主の方だ。百目鬼の方は恐らくなんとも思っていなかっただろう。ただ俺を恐れた宿主に従い、あの場を退いた、と、俺は思うのだが」
「じゃあ、あなたの証言で作成した犯人の似顔絵は宿主ということ?」
琴音がまた前のめりになった。ワイシャツから豊かな谷間がのぞいた。
「いや、あれは百目鬼だ」
「じゃあいくら探しても見つからないじゃない。百目鬼は肉体を持たないなら、いくら探しても似顔絵の顔は見つからない」
「いや、そうはならない。宿主は完全に百目鬼に乗っ取られるだろう。そうなれば宿主の顔はあの似顔絵の顔になる」
「どうして乗っ取られると分かるのかしら?」
「百目鬼は肉体を欲しているが、その肉体は誰でもいいわけじゃない。自身の魂と肉体の相性もあるし、今の日本に潜伏するために必要な要件を満たした肉体の持ち主が必要だった。
かつての日本に比べ、現代は妖にとっては生きにくい世界になった。闇は減り、夜でも明るいし、人間は妖や霊や穢れ、そう言ったものを排除するための組織を確立した。
だからこそ、ようやく見つけた宿主に従い、ストーカーなんて面倒くさいこともやっていたんだろう。そこまでやるってことは、おいおい乗っ取ることを宿主も同意しているってことだ」
琴音が髪を耳にかけた。刀岐と同じような石のピアスが輝いていた。
「どうしてすぐに乗っ取らないのか、それは宿主の同意が必要だから?」
「そうだ。憑依じゃないからな。魂を滅し、その体を我が物にするんだ。本人の同意なくしてはできない」
「百目鬼の条件を満たした宿主……。自分の肉体を他者に委ねることに合意するってよっぽどよ。となると、余命宣告をされている病人か余命が迫る老人……。人目を忍んで生きていくには人がいないような山奥に住んでいる……? 仕事をしないでいいだけの財産や財力がある。そして自身に干渉してくる者、親や兄弟、親戚がいない、もしくは極端に少ない……」
「それだけじゃない。百目鬼に贄を提供できなきゃならない」
「贄……つまり、目を奪うための人間。でも、もしそんな人間を提供できるなら、欲望を満たすための女も簡単に手に入るんじゃないの?」
「金で買った女が欲しいわけじゃないんだろう」
「なるほど。抵抗する者を屈服させるという性癖なわけね。……遠野、今いった条件、さらに掘り下げて宿主のプロファイリングを依頼しておいて」
「かしこまりました」
琴音の背後でずっと直立不動で話を聞いていた屈強な体躯の男性の一人が頷いた。
「伊織、いろいろ聞けて良かったわ。……それで、今後は学校にも顔を出すつもりなの?」
「ああ。そのつもりだ」
「あら、残念。これまでは部屋に行けばいつでも会えたのに」
琴音が意味深な笑みで刀岐を見た。
だがは刀岐はその言葉を無視し
「この学校は百目鬼の侵入を許すぐらい、警備体制が脆弱だし、危機意識が低い。俺は別に構わない。だが俺にもしもがあったら、星崎、お前は困らないか?」
「……分かったわよ。この学校のセキュリティレベルを上げるわ」
琴音は「遠野」と名を呼び、遠野は「かしこまりました。すぐに手配します」と答えると、部屋を出た。
「セキュリティだけじゃ足りない。いずれ調伏の実習も始まる。だが除霊や浄化の授業ではトラブル続きだ。まともな授業ができる人材を月曜には配置しろ」
「それ、あたしに依頼すること?」
「お前だから頼んでいるんだが」
刀岐が琴音をじっと見つめた。
琴音はフッと笑みを漏らした。
「伊織、あなた、人の動かし方が上手くなったわね。いいわ、鎮守府から人を送るわ。二宮、人材を調整して頂戴。あとこの学校の理事に話をつけておいて」
「かしこまりました。星崎さま」
細身の長身の男性が頷き、部屋を出て行った。
「じゃあ、ね、また会いに行くわ、伊織」
琴音はそう言うと立ち上がり、部屋にいた男性陣を引き連れ出て行った。
すると、刀岐は
「は~、疲れた。星崎の相手をするのはホント、面倒だ」
そう言って伸びをした。
「澪、ずっとだんまりだったが、大丈夫か?」
「……うん」
蚊帳の外、というわけではなかったが、私が言葉を挟む余地はなかった。
それに話せるような役に立つ情報を私は何も持っていなかった。
むしろ知らない情報ばかりだった。
刀岐が神童と言われるのが納得だった。
同じ現場にいたのに、見ていたもの、感じていたこと、そしてとった行動は、とても同じ場所にいたとは思えなかった。
刀岐は私の何歩も何十歩も、いや何百歩も先を行っていた。
私はなんで問題児の刀岐がデュオなのかと思っていた。
でも違う。
なんで私なんかが刀岐のデュオに選ばれたのだろう……。
私じゃ刀岐のデュオなんて務まらない。
未熟過ぎる……。
「澪」
刀岐が私の腕を掴み、立ち上がった。
「帰るぞ」
「え……、授業は……?」
「時計を見ろ。とっくに終わっている」
私は時計を見て驚いた。
また授業を受けられなかった。
ここ最近いろいろなことがあって、授業をサボることが増えていた。
「澪、さっさと着替えたら、まずお前のうちに行くぞ。で、荷物をまとめたら、俺の部屋に来い」
「え……」
「理由は二つある。まず、お前は百目鬼に顔が割れている。そして俺のデュオだ。百目鬼が俺に目をつけているなら、デュオである澪も目をつけられている可能性が高い。だからしばらくは俺の部屋で暮らせ。
俺の部屋は対人はもちろん、対魔においても万全の対策をとっている。鎮守府の結界を展開した奴は二人いる。そのうちの一人が俺だ。それと同じレベルの結界が俺の部屋には展開されている。
そしてもう一つの理由。お前に最高レベルの実践に役立つ知識を伝授してやる。学校のつまみぐいみたいな教え方ではなく、体系的に分かりやすく教えてやるよ」
……刀岐の部屋で暮らす……⁉
男の人と二人で一つ屋根の下で暮らす⁉
私が……⁉
その瞬間、私はいつもの自分を取り戻した。
「な、何言っているの⁉ そんなこと私も親も承諾するわけないでしょう! なんであんたと同じ部屋で暮らさないといけないのよ!」
「大丈夫だ。部屋数は多い。来客用のバスルーム付きの部屋もあるから」
「違う! そーゆう問題じゃないでしょ」
「ごちゃごちゃ言わず、ほら、行くぞ」
「ちょ、待ちなさいよ!」
私は刀岐を追いかけて応接室を出た。




