13:美女の正体
「伊織、お手柄よ。よく生霊の正体を突き止めたわね」
緩やかにウェーブした長い髪、ぷくっとした涙袋、目元のほくろ、ぽってりした唇。
色気満点のその女性は、タイトスカートから伸びる細い脚を組みなおすと、刀岐に向けて妖艶に微笑んだ。
◇
今、私と刀岐は学校の応接室にいた。
応接室には入れ替わり立ち代わりで、いろいろな人がやってきて私と刀岐に体育館で、あの結界の中で何が起きていたのかと尋ねた。
百目鬼。
町での実践授業で悠に憑依した生霊の正体、それが百目鬼だった。
百目鬼はサトリと同じ妖だった。
だがその詳細はあまり知られておらず、同じ妖であるサトリも百目鬼の実体をはっきりとは掴んでいなかった。
ただ、分かっていることは、百目鬼は百人の顔を持つということだ。
腕に百人の人間から奪った目を宿らせ、その目の持ち主の姿に自身を変化させることができたし、その目を使い、憑依することもできた。
一度その持ち主の姿に変化したり、憑依を行うと、腕からは当該の目が消える。
目が減ると、百目鬼は新たな目を手に入れるため、人間を襲っていた。
体育館の実習で降霊術を行った若い女性、それは先生などではなく、百目鬼が変化した姿だった。
刀岐は結界に入った瞬間から、違和感を覚えていた。
そして降霊術が始まった瞬間、その女性が怪しいと感じた。
加えて、降霊術のために唱えられた言葉、それは人間が使う言葉ではなかった。
刀岐はそのことにすぐ気づいた。
あの場には東堂先生もいたが、言葉の違いなど気づいていなかった。
刀岐だけが気づいていた。
だがその時点では、まだあの生霊だとは思わなかった。
しかし何か不穏な予感を覚え、刀岐は瞬時に「人避け結界」を展開していた。
「人避け結界」というのは歌詠みという祓いを専門とする私設組織が編み出した結界で、決められた範囲にいるすべての有機体が、今この空間に一時的に存在しない、という状態を作り出す結界だった。
刀岐はその結界に独自に手を加え、あの場には刀岐、私、そして降霊術の女性しかいない状態を作り出していた。
そこに霊が降りてきた。
降霊術の女性は、刀岐が結界を展開したことに気づいていなかった。
一方刀岐は、降霊術の女性が何者であるか見極めるため、ひとまず現れた霊を私に憑依させた。
現れた霊は地縛霊だったが、生霊などでもなく、私に憑依させても問題ないと刀岐は判断していた。
しかし私に雪乃の霊が憑依した瞬間、降霊術の女性はニヤリと笑った。
それを見た刀岐は、降霊術の女性が、あの生霊だと気付いた。
しかも今、生霊は生霊として降霊術の女性に憑依しているのではなく、女性自身がその生霊であると分かった。
あの日、オフィスビルで見た生霊とは別人の姿だった。
だが、刀岐は、生霊に憑依されていた女性の話を覚えていた。いつも別人の姿で現れるが、言動から同一であり、その相手からストーカーされていたという話を覚えていたのだ。
だからあの時の生霊が降霊術の女性の姿で現れたことに動じることなく、対処することにした。
まず風術のかまいたちを展開した。
五大元素の術は、自然界に存在する元素を使うので、霊だけではなく、人間にも作用した。
かまいたちは致命傷を与えないが、女性の逃亡を止めることはできる。
もし女性が動いたら、アキレス腱を切るつもりでいた。
が、生霊は刀岐と会話を交わすことで、特殊な結界が展開されていることに気づいた。そこで雪乃を焚きつけ、刀岐の邪魔をさせた。
そして肉体を捨て、生霊の姿で逃亡した。
あの時、私が雪乃をきちんと制御できていれば、刀岐は生霊を取り逃がすことはなかった。私の力不足が生霊を、百目鬼の逃亡を、許してしまった……。
私はそう思ったが、刀岐の見解は違っていた。
刀岐は雪乃の想いがあまりに強く、慣れていない私では制御が難しかった、憑依させたのは自分の判断であるし、私に非はないと説明した。
さらに私が雪乃を制御できなかったからこそ、雪乃は自由に動き、話すことができた。もし完全に制御していたら、雪乃はただ島野に……刀岐に名を呼び、自分を抱きしめることだけを求めただろうと。
つまり制御できなかったからこそ、雪乃は百目鬼の情報を口にしたのだと。
刀岐のその見解に、話を聞きに来た多くの人達が納得していた。
でもそれは刀岐が私を庇っているようにしか思えなかった。
「それで、百目鬼が捨てていった肉体はどうなったんだ?」
刀岐の問いに、星崎 琴音は、肩にかかったウェーブした髪をはらいながら答えた。
「それがね、結界から運び出している最中に消えたわ。淡雪が陽を浴びて溶けて消えるように」
琴音は、刀岐のマンションのエレベーターで私が遭遇した悩殺ボディの美女だった。
百鬼夜行事件以降、鎮守府の窓口として刀岐を担当している琴音は、騒動の報告を受け、応接室に話を聞きにやってきていた。
琴音から渡された名刺を見て、私は驚いていた。
どう見てもまだ二十代なのに、琴音の肩書は参事官だった。
悠と陽はあの若さで管理官だったが、その管理官のさらに上の上の役職者だった。
本来現場よりも会議室につめる時間が多い立場のはずだった。
だが刀岐が「はあ? 星崎、お前なんで学校にまで来るんだよ」と問うと、「あなたに何かあればどこだって駆け付けるわよ。この前は閣僚と会議していたから行けなかったけど。でも翌日、ちゃんと家まで行ったでしょ」と答えていた。
琴音にとって刀岐は明らかに特別な存在……そう思えた。




