12:抱きしめて名前を呼んで……
学校にはなんとか間に合った。
まさにギリギリセーフだった。
教室に着くと大慌てでジャージに着替え、体育館に向かった。
刀岐が体育館に姿を見せると、二つの意味で皆が騒然としていた。
それは刀岐がそこにいることの驚き。
あの問題児の刀岐が学校にいる、という驚きだ。
そしてもう一つは主に女学生たちの驚きだ。
問題児の刀岐はこんなにイケメンだったのか、という驚きの反応だ。
「では次は藤原と……あー、藤原、今日も織田先生にデュオを」
東堂先生の言葉を刀岐が遮った。
「先生、俺、いますけど」
東堂先生は「⁉」と驚き、かけていたメガネを一度外してレンズを拭いてかけなおした。
「と、刀岐なのか……⁉」
担任の教師さえ、刀岐の顔を知らなかった……。
「そうか、刀岐、よく来た。良し、藤原、刀岐、結界に入れ」
東堂先生の言葉に私と刀岐は結界の中に入った。
……あれ、降霊術の先生、昨日と違う……。
昨日の降霊術の先生は年配の女性だった。
だが今日は若い女性だった。
「では始めよう。今日は藤原、お前が憑依される方で、除霊は刀岐だ」
東堂先生の言葉を合図に、降霊術を担当する女性の先生が霊を呼び出す祈祷を始めた。
「はい。女の霊が降りてきました」
降霊術の先生が静かに告げた。
私は天柱封じのペンダントを外し、鈴に預けた。
鈴は私の肩を降り、少し離れた場所で待機した。
「澪、降ろすぞ」
「うん」
「道は示された。宿るがいい」
首筋にヒンヤリとした気配が走った。
……!
意識の中に見知らぬ女性が現れた。
……すごい。着物、だよね⁉
髪型も着物も絢爛だった。
「風術、かまいたち」
刀岐の言葉が遠くから聞こえてきた。
……⁉
こんな綺麗な女性相手にかまいたち⁉
刀岐、鬼だ……。
「そこから動くな。なんのつもりで再び現れた?」
え⁉
刀岐、何を言っているの……?
私の中に憑依している女性の霊も困惑しているようだった。
「……どうして気づいたのかな?」
……⁉
刀岐は降霊術の先生と話していた。
「俺を馬鹿にするな。お前の顔は覚えた、と、言っただろう?」
「そうか。この姿でも分かるんだね」
……まさか。
心臓が不安でバクバクしてきた。
「祓うか? それとも調伏するか?」
「いや、今日はちょっと遊びに来ただけだから」
「ふざけるな」
「お互い本気を出すのに、この場所はまずいんじゃないか? 沢山の生徒がいるのでは?」
「周囲に影響を出す前に、お前のことなど仕留めることができる」
「そうか。ではこれならどうだろう?」
……⁉
私の意識の中に現れた女性が突然頭を抱え、倒れこんだ。
「雪乃、喜べ。お前の恋しい男は目の前にいる」
その瞬間、私の意識はぐっと外側へ追いやられ、絢爛な着物を纏った女性、雪乃の意識が表出した。
「島野さま」
……⁉ 私、勝手にしゃべっている⁉
違う、これは雪乃だ。
「島野さま、会いたかったです。ずっとお待ちしていました」
体が勝手に動き、刀岐の方へ向かって歩き出していた。
私、憑依した霊を、雪乃を制御できていない……。
「澪、雪乃を抑えろ」
分かっている。分かっているけど、この雪乃という霊、尋常ではない意志の強さで、私の制御から逃れようとしている……。
必死に雪乃を押しとどめ、なんとか動きを止めることができた。
が、そんなにもちそうになかった。
「やはり。これは面白いことになりそうだね。では、刀岐 伊織」
「待て! 空術、空間封鎖」
「風術……、澪、いや、雪乃、離せ!」
制御できない、雪乃の意志は強すぎる……。
「嫌です。せっかくお会いできたのに!」
「道は閉ざす。あ……」
「お願いです、まだ除霊しないでください。お願いします」
……私は、雪乃は、刀岐に抱きついていた。
「澪……いや雪乃……」
刀岐が困り切った顔で私を、雪乃を見下ろしていた。
「雪乃、お前は自分が死んでいることも自覚しているし、自分が除霊されることも分かっているのか……?」
「はい。あの方が教えてくれました」
「あの方……?」
「百目鬼様です。島野さまを求め、さ迷っていた私に声をかけてくれました。島野に会えるが、会えばもうこの場所にはいられなくなると」
「……雪乃、それを俺に話していいのか? 百目鬼から秘密をばらすなと言われているのでは?」
「島野さまのお役に立てるのなら……」
……!
突然、雪乃の力が弱まった。
「刀岐、雪乃の力が弱まったよ。今なら除霊も……」
「違う、澪。アイツの名を明かしたから、雪乃は消されようとしているんだ」
「え……」
「雪乃は俺のことを島野というかつて自分が愛した男だと思い込んでいた……。いや思い込んでこの世の未練を断ち切ろうとしたんだと思う。そして百目鬼と交わした約束を破り、正体を明かした……」
「そんな……」
その時だった。
雪乃の魂に刻まれていただろう記憶が、私の意識の中で展開されていた。
雪乃は花街で生きた遊女……。
家の貧しさから遊郭に身売りされた。
でも人一倍努力し、そして生来の美貌から、太夫を襲名するに至った。
しかもとんでもない金額で身請けされることになった。
けれど雪乃には想いを寄せる相手がいた。そう、島野だ。
だが雪乃を身請けするほどの財力はなかった。
あの日、雪乃は駆け落ちするために、島野と待ち合わせていた。
でも島野は現れず、代わりに雪乃を身請けするはずだった男が現れ、裏切った雪乃を切り殺した……。
死んでも雪乃は島野に会いたくて、待ち続けていた。
霊となった雪乃に声をかける者などなく、何百年もの間、たった一人で孤独にそこで彼女は待ち続けていた……。
そんな雪乃に声をかけたのが、百目鬼だった。
何百年ぶりに自分の存在に気づいてくれた百目鬼に、雪乃は驚いた。
そして普通だったら信じないような言葉を信じてしまった。
もう雪乃は疲れて切っていた。ここで来ることがない人を待ち続けることに。
雪乃の願いが理解できた。
雪乃は最後にただ島野に名前を呼び、抱きしめて欲しかっただけなんだ……。
「刀岐、雪乃を抱きしめてあげて。そして名前を呼んであげて。早く、もう消えてしまうから」
「澪……分かった」
刀岐は私を……雪乃を抱きしめた。
……島野さま!――雪乃の意識が表出した。
「雪乃、待たせてすまなかった。一緒に西へ向かおう」
「はい」
刀岐は――島野は雪乃のおでこに口づけをした。
その瞬間、憑依していた雪乃が天柱から抜け出した。
私は慌てて西を見た。
雪乃は西へ向かったが、すぐにその姿が消えた。
百目鬼によって消されてしまった。
……西へ至ることができれば、雪乃は鳥野に再会できたかもしれないのに……。
「鈴、天柱封じのペンダントを」
鈴からペンダントを受け取り、刀岐は私の首に素早くつけた。
「澪、泣くな。お前は雪乃の最後の願いを叶えてやったんだ。雪乃は消えたが、願いは果たされた。消える寸前、お前に『ありがとう』と言っていた。あの場でできる最善をお前は尽くした。理の守り手としてあの場でできることをちゃんとやれたんだ」
私の頬に流れる涙を刀岐は拭った。
「結界を出るぞ」
刀岐に手をひかれ、結界の外へ出た。




