11:朝から刀岐に襲われる
翌朝。
私は刀岐の家に寄るために、いつもより二時間早起きすることになった。
……ものすごいロスタイム。朝、勉強する時間がアイツのせいで無駄になった。
私は急いで身支度して家を出たが、いつもより早い時間の電車は予想以上に空いていた。
それでも席に座れず、立っている人は多い。
幸運にも座れた私は、電車に乗っている間、必死に予習に取り組んだ。
スマホが振動した。
理人からのメッセージだった。
しばらく家から駅まで一緒に行けないと連絡をいれていたのだが、ようやく返事が来た。
「家の近くの停留所に来るバスに乗ると、結菜の家の近くを通るんだ。そのバスに一緒に乗って、学校の近くまで行くことにしたから、ぼくももう澪とは学校にいけないと思う。ごめんね」
あれだけいつも一緒にいたのに、デュオが決まってから嘘みたいに理人に合わなくなっていた。
でも不思議と悲しいという気持ちにはならなかった。
心のどこかで理人は結菜みたいな子が好きなんだろうと気付いていた。
それにデュオが決まったあの日から、刀岐、悠、陽と出会い、正直、理人のことを考える時間は全くと言っていいほどなかった。
「澪、乗り換えだろう?」
鈴の言葉にスマホをしまい、私は電車を降りた。
◇
朝、早い時間だったが、刀岐のマンションの受付にはもう女性の姿があった。
昨日とは違う女性だったが、私が自動ドアから中に入ると、丁寧にお辞儀をした。
私も軽く会釈し、そのまま受付の横の通路の入口でカードキーをかざした。
ピッという音と共に、通路へ向かう自動ドアが開いた。
エレベーターの前に着くと、すぐにドアが開いた。
そして昨日と同じようにエレベーターで最上階まで向かい、私は刀岐の部屋のドアの前に立った。
もうインターフォンを押さず、このカードキーをかざせば部屋に入れた。
……なんだろう、なんかちょっとドキドキする。
「そりゃそうだよ。一人暮らしの男の家に合い鍵を使って入っていくわけだろう。普通、そーゆうの、恋人同士がすることだろう」
「鈴、余計なこと言わないで。そんなこと言われたら変に意識しちゃうでしょ!」
「はーい」
私は鈴の言葉を忘れるために頭を一回ふると、カードキーをかざした。
カチャッと音がしてドアのロックが解除された。
静かにドアを開け、玄関に足を踏み入れた。
玄関はセンサーライトになっているようで、パッと明かりがついた。
静かで物音一つしなかった。
……どう考えても、まだ寝ているんだ、刀岐の奴。
私は刀岐が寝ていることを想定して家を出てきた。
つまり刀岐を叩き起こし、着替えをさせ、準備して家を出て学校に間に合う時間を想定して家を出たのだ。
良かった、早めに来て。
靴を脱いで廊下を進み、そこで気づいた。
というか、寝室、どこよ……。
仕方なく廊下の左右にあるドアを片っ端から開け、ようやく寝室を発見した。
カーテンは開けっ放しだったので、朝日が差し込み、部屋の中の様子はハッキリ分かった。
……ちょ、これって……。
綺麗に整えられたリビングに対し、寝室には護符が散乱し、結界と思われる円陣が床に描かれ、古文書などの書籍も開いたまま棚の上に置かれていた。
「おいおい、刀岐は一人で除霊パーティーをやっていたのか⁉」
鈴が目を丸くした。
「どーゆうこと?」
私の問いに鈴が答えた。
「ここに沢山の霊の痕跡がある。でも全部痕跡で、ここにはもういない。多分、刀岐は昨晩、沢山の霊を除霊したんだ」
「……!」
鎮守府に頼まれている仕事って、これのこと……?
刀岐の姿を探すと、奥のベッドに倒れていた。
……!
上半身が裸だった。
なんで除霊するのに服脱いでんのよ……。
部屋を片付けたかったが、今日の目的は刀岐のことを学校に連れて行くことだった。
放課後、もう一度ここに来て片付けよう。
私は刀岐を起こすために、肩に手を振れた。
その瞬間、刀岐が天柱封じのペンダントをつけていないことに気づいた。
嫌な予感がした。
刀岐が突然起き上がった。
そして目を開けると、その目は鈴の瞳にそっくりだった。
まさか。
その瞬間、刀岐がジャンプし、私に飛びついてきた。
「ちょっと……」
私は後ろ向きに倒れ、刀岐はそのまま匂い嗅ぎながら、私にのしかかってきた。
「刀岐、あんたまさか……」
「みゃおー」
「……!」
刀岐は猫の霊に憑依されていた。
にゃおにゃおと鳴きながら、刀岐は私の手を押さえ、しきりに鼻を体のあちこちに摺り寄せてきた。
「刀岐、止めてよ! 鈴、この猫、なんて言っているの⁉」
「ごめん、澪、さすがに種族が違うから、何言っているか分からない」
「でもすばるや八咫兵衛と話していたじゃない」
「それは神使だからだよ」
「……!」
刀岐が胸に鼻を摺り寄せた。
「刀岐、あんた、後で許さないんだから!」
まずはこの手を振りほどかないとどうにもならない。
「鈴、刀岐の気を引いて」
「分かった、やってみる」
鈴が自分の尻尾をしきりにふり、なんとか刀岐の注意を引いてくれた。
その隙に私はようやく起き上がることができた。
「ってか、澪、早くなんとかしてくれ、うひゃひゃひゃ、くすぐったい~」
刀岐は完全に鈴にじゃれ始めた。
動物の除霊なんて授業で習っていなかった。
というか、習う予定があるのかも分からなかった。
そもそも人間の言葉が通じるかも分からなかった。
名前も分からないし、猫が何を望んでいるのか……。
もうこうなったら猫が喜びそうなことを試すしかない。
私は鰹節をちらつかせたり、猫が遊びそうな箱を持ってきたり、ビニール袋を広げたりとありとあらゆることを試した。
だが。
刀岐は猫のままだった。
力尽き、床にへたると、刀岐が四つん這いで私のところにきて、私の目をじっと見た。
その瞬間、私はまだ試していないことがあることに気づいた。
ゆっくり刀岐の頭に手をのせ、頭を撫でてみた。
刀岐は……猫は嬉しそうに目を閉じた。
さらに全身で私にすり寄ってきた。
「おいで」
私はそう言うと、刀岐を、猫を抱きしめた。
すると。
刀岐の天柱から猫の霊が出てきた。
私はすかさず指を西の方角へ向けた。
猫の霊は「みやー」と鳴き、西に向かって駆けだした。
可愛らしい茶トラの子猫だった。
出来た、猫の霊を除霊した……!
「鈴、天柱封じのペンダントを」
鈴がくわえていたペンダントを投げた。
私はそれをキャッチし、素早く刀岐の首につけた。
その瞬間、刀岐が覚醒した。
「澪……」
刀岐の声が驚きに満ちていた。
「澪、まさか俺のこと……」
「違う、違う、勘違いしないでー‼」




