10:怖く……ない?
結局。
カードキーを押し付けられ、私は刀岐の部屋を後にしていた。
「澪、明日から刀岐を起こしに行くのか?」
鈴の言葉に私はため息をついた。
「……とりあえず何回か試してみる。なんで朝起きられないのかもよく分からないし」
「ふうーん」
「それよりまだ時間、大丈夫だよね?」
「あ、うん。鎮守府はこっから歩いて十五分で、併設されている病院もすぐそばだから」
鈴の言葉にホッとして私は走り出した。
◇
「澪ちゃん、わざわざ、ありがとう」
悠が入院している病室を訪ねると、悠は元気な笑顔で私を迎えてくれた。
「明日には退院すると陽から聞きました。もう大丈夫なんですね?」
私はベッドのそばの椅子に座り、悠に尋ねた。
「うん。本当は入院の必要もないぐらい元気なんだけどね。こうやって入院していると、鎮守府の偉い人からの小言を聞かないで済む」
真面目そうな悠から思いがけない言葉が出て、私は思わず笑ってしまった。
「澪ちゃんは……怪我はなかった? 大丈夫だった? ……澪ちゃんのこと突き飛ばしてしまっただろう……」
悠の表情が翳った。
「大丈夫ですよ。私、運動神経いいんで、ちゃんと受け身とれましたから」
「本当に?」
「はい」
私の笑顔に悠はホッとした表情になった。
「怪我はなくても……怖い思いをさせてしまったね。申し訳ないことをした。ごめんね、澪ちゃん……」
「それも気にしないでください。むしろ、生霊に憑依されたのに自我を保つために無茶させてしまって、私の方こそ申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「それこそ澪ちゃんが気にすることじゃないよ。僕は鎮守府に所属する理の守り手なんだ。すべきことをしたまでだから」
「じゃあお互いに無事だったので、ごめんなさい合戦は終了ですね」
「澪ちゃん……」
悠が私を真っ直ぐ見て、手をゆっくり伸ばした。
「怖く……ない?」
「え……?」
「頬に触れても大丈夫?」
私はコクリと頷いた。
あの時、とても怖い思いをしたが、私は瞳の奥にいる悠の存在を感じていた。
悠が懸命に霊を抑えようとしているのは分かっていたから……。
悠の手が私の頬に触れた。
私は真っ直ぐ、悠を見た。
「……良かった」
悠はそう言うと大きくため息をついた。
「もう、澪ちゃんに触れることができないと思っていたよ」
悠の言葉に私は胸がきゅんとしていた。
それを誤魔化すように、悠に質問をした。
「そういえば、あの生霊について分かったことはあるんですか?」
「うん。今日、お見舞いに来た職員が教えてくれたよ。元々あの生霊に憑りつかれていた女性は、三か月前ぐらいからストーカー被害にあっていたんだ」
「ストーカー被害?」
「そう。ただ、ストーカーしている男が頻繁に変わっていたらしいんだ。十代ぐらいの学生と思ったら、会社員のおじさんだったり、二十歳の大学生だったりと。本人は話し方などから同一人物だと言っていたが、どう見ても別人だ。だから警察もストーカー被害の相談を受けたものの、どうしたものかと困っていたらしいんだ」
「それってつまり、生霊がいろいろな男性に憑依して、ストーカーしていた、ということですか?」
「そうなるね」
「……怖いですね」
「刀岐 伊織が生霊の顔をはっきり見て覚えていたから、似顔絵が作成された。警察も捜査を開始したし、鎮守府の職員も動いている。きっと犯人は見つかるはずだよ」
「刀岐はあの時、生霊を素手で掴んでいましたが、あんなこと、できるんですね……」
「それ、聞いたよ。驚いた。多分、これまで誰も生霊を素手で掴むなんて、したことないだろうな。でも……思わず素手で掴みたくなるぐらい頭にきていたのだろうね。そしてそこまでして助け出したかったんだろうね、澪ちゃんのことを」
あの時の刀岐の姿が脳裏に浮かんだ。
……私を助けるために素手で生霊に挑んだということ……?
「あー、澪、来ていたの!」
振り返るとラフな服装の陽がいた。
「陽、仕事は終わったのか?」
悠の言葉に陽は頷いた。
「うん。今日は悠がいないから、内勤で。も~、退屈だった」
陽はそう言ってから
「あ、澪、お見舞いでもらったフルーツゼリーがあるから食べる? 高級フルーツのゼリーだよ」
「! 食べたいです」
私は悠と陽とゼリーを食べて、病院を後にした。




