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016話:リベンジ入試・後編

 バルテン王立学校入学試験実技試験試験官、カトリン・シュヴァルツシルトは試験会場でため息をつく。

受験番号133の受験生の放った魔術についてだ。

あれは、余波だけで金属製の的が削れるほど高威力だった。

だが、断じて水属性のものではなかったので、とりあえず〇点にしておいたが、あれは正しい判断だったのだろうか。

あの生徒自身、何か変わった雰囲気を纏っていた。

まず、この若さで左手がないという時点で少し異常だ。

何か嫌な予感がする。

後で、お偉いさん方に聞き直してみよう。

そう決めて、カトリンは134番に号令をかけた。


——※——


 バルテン王立学校の教授の一人、ファビアン・シャウアーはため息をついた。

せっかく可愛い可愛い孫娘のレイラちゃんの入学試験だったから普段なら絶対に訪れない試験会場にやってきたのに、レイラちゃんより話題を集めている者がおるではないか。

こんなことが許されるわけがないのだ。

その者は、水属性でない魔術を使った上に的を外しさらに気絶したときた。

騒ぎ立てておる者はあの魔術が何かわからないであろうが、わしにはわかる。

あれは魔族が好んで使う、魔力弾じゃ。

わしも、六十数年前に起こった中央湖係争で嫌というほど目にしたものじゃの。

人間が使うなら卓越した魔力操作技術を持っているか魔への適正がないと使えんはずじゃがな…。

ふむ、こう思うとなかなかに興味深い者ではないか。


 しか〜し、可愛い可愛いレイラちゃんの見せ場を奪ったという大罪については見過ごせぬな。

どれ、わしの権限で強制的に入学させてやるとしよう。

あとはわしが残虐非道な…こほん。正当な訓練で能力を潰…ごほん。開花させてやるとするか。

くふふ、これからがとても楽しみじゃな。

あ、そうであった、試験が終わったからレイラちゃんに会いに行けるではないか!

あの者などどうでもいい。

レイラちゃんに会えるなら他のことなど二の次じゃ。


「今会いに行くからね〜!レイラちゃ〜ん!」


 校舎内に、狂気を孕んだ叫び声が響き渡った。


——※——


 俺は目を開き、飛び込んできた風景にため息をついた。

医務室と思わしき場所のベッドの上。

どうやら魔力を集めるのに失敗したらしい。

恐らく暴発した余波で気絶してしまったのだろう。

左手がないので起き上がるのも一苦労だ。


「起きましたか?まだ試験は続いていますので、お戻りください」


 俺が目覚めたのに気づいてか、横にいた試験官の男性が話しかけてきた。

『魔術』の試験の時にいた女性ではない。

当たり前だが複数いるのだろう。

分かりきっているが、結果はどうだったのだろうか。

立ち上がって、試験官さんに聞く。


「あの…『魔術』の実技試験はどうだったんですかね」

「……〇点という扱いになりました」

「そうですか…」


 どうやら予想は当たっていたらしい。

魔力の塊自体が発射されなかったのだろうな。

なんせ、撃てたならそれだけで十点なのだから。


「状況を確認し終わられたようですので、試験にお戻りください」

「あの…ちょっと…」

「試験は最後まで受けることが義務付けられているのです」


 半ば強引に、試験官さんは俺を転移魔法陣に乗せた。

この学校は非常に転移魔法陣が多い。

というか、俺は行くとは言っていないし行きたくもないのだが。

あれだけの人の前で失敗しておいて、ねぇ。

更にやらせるのか?

まっぴらごめんだ。


 だが、そんな俺の気持ちは伝わらず、医務室の魔法陣から瞬く間に俺は試験会場へと戻された。

試験会場側の転移魔法陣は生徒が並んでいる場所の後ろにあったらしく、戻ったらいきなり視線が集中して…みたいなことはなかった。

ただ、どうしても注目は受けてしまうようだ。

緊張せざるをえない。


 俺が到着した時点で、すでに120番の受験生が呼ばれていた。

俺の番までもう時間がない。その事実が俺の焦りを加速させる。

今年の『実践』の内容は、試験官からすでに聞いている。

召喚されたとある魔物に対して、自身の持てる最大最強の攻撃を一度だけ放つこと。

俺の左手を持っていきやがったあの属性竜でもなければ、大抵の相手は確殺できるはずなのだが…。

なんだろう、嫌な予感がする。


 128番、129番、130番。

番号が進んでいくごとに、嫌な粘つく気配が強まる。

緊張?

それもあるかもしれない。

だが、俺が感じているのはそれとは違う何かだ。


 131番、132番。

俺の番は刻一刻と近づく。

気配もどんどん大きくなる。


「受験番号133、前へ」


 とうとう俺の番になった。

恐る恐る試験のエリアへと向かう。

結界によって隔離され、外部に被害が及ばないようになっている空間。

そこにいたのは、いつか迷宮でよくお世話になった装甲王亀(グランドタートル)とかいう魔物だった。

それ自体は、問題ない。

魔力を一切込めなくても甲羅ぐらい貫通できる。


 問題は。


 俺を四方八方から見つめる、視線だった。


 なんだよ、何なんだよ…。

俺が魔法撃てないのがそんなにおかしいか?

人が苦しんでるとこ見て面白いか…?

なあ。


 足がぐらつく。


 亀が鈍重ながら確かな一歩を踏み出す。


 俺はふらふらとしながらも拳を構える。


 「…お前らって、いつ、も…そうだ、よ、な…」


 誰も聞く者はいない微かな呟き。

だが、それを口にした段階で俺の心は折れていた。


 虚な視覚で、目の前にゆっくり迫ってくる巨大な亀を捉える。

後ろには相変わらず刺すような、それでいてねちっこい視線が刺さり続けている。

亀が一歩、一歩、踏み出す度、地面が揺れる。

前からも後ろからも、脅威は迫る。


 俺の視界が揺れているのは亀のせいか、それとも。

続きを口にできるだけの心の強さは今の俺にはない。


 少しずつ迫ってくる亀に、俺はなぜだろう、ものいえぬ恐怖を覚えた。

下位とはいえ竜を一撃で行動不能にできる俺ならば、あんな魔物は雑魚もいいところだ、と俺のなけなしの理性は訴える。

それは事実だ。

だが、今の俺には、その限りではない。


 試験内容は、確か、そうだ、最大最強の攻撃を加えることだった。

ああ、やってやろうじゃ…ないか。

右腕に、俺が込められる限り全ての魔力を注ぎ込む。

さっき撃った魔力の球に全て使ってしまったので、自然回復した少しだけの分だ。

魔力を操作するのにも精神的にももう倒れそうだが、理性で全てを抑え込んだ。


 禍々しい妖気が立ち上る腕を、振り上げる。

それを振り下ろす、瞬間。


 目に入ったのは、受験番号79、そう、的を破壊した人の視線だった。

何か面白くなさそうな目で俺を見ていた。

昔、よく向けられた視線に似た視線だった。

その視線で俺の理性は弾け飛んだ。


「ああああああああああああああ!」


 絶叫しながら、俺の拳は亀の甲羅に向かって一直線に伸びていく。

硬い感触。そして、生暖かい感触。再び硬い感触。

亀が咆哮する。


 お構いなしに、俺は試験会場の冷たい地面に倒れ伏した。


——※——

 

 受験番号79、レイラ・シャウワーはため息をつく。

 あの人、大丈夫なのでしょうか。

聞くに堪えないような声で叫んで、亀を秒殺したかと思ったら、また気絶してしまいましたわ。

気絶しやすいのですかね。


 最高の魔術師であるお爺様の孫たる私には及ばないとはいえ、的を掠っただけで削り取るだけの威力がある魔術が撃てるのだから、そこそこの実力者であることは間違いないのに。

まあいいでしょう。

あの男のことは忘れましょう。

話題を取られたのはちょっぴりだけ悔しいけれど、私の方が強いのですから。


 そんなことより、せっかくお爺様が見に来てくれたのよ、今はそのことを考えましょう。

ああ、楽しみですわ…。


 再会を楽しみにする祖父と孫娘の頭から、気絶少年のことは綺麗さっぱり消え失せていた。

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