魔界の一幕
デルタイト・ティアグニック・アーリンソンは魔王の一柱である。【獣魔王】の名を冠する魔王である。しかし、彼自身も獣魔族かというとそうではない。
彼は獣人族である。
獣人族とは、簡単に言えば人族と獣魔族のハーフだ。
なぜ敵対関係にあるはずの魔族と人族が交わったかを理解するには、聖魔大戦後のことを語る必要があるだろう。
有名な話ではあるが、千二百年前の大戦末期は人族の有利状況だった。
それを一発で覆したのが魔族軍の対軍禁術だったわけだが…まあそのことは今は置いておこう。
大半の勢力を集結させていた人族軍が殲滅されたため、魔族方が有利になったかというとそうではない。
大軍を出動させられていることからも分かるように、魔族方は既にほぼ兵力が残っていなかった。
人族は数が多い。
質で上回る魔族軍も押され、四人の魔王の中半数が討伐されるという有様であった。
ちなみに、【龍魔王】ヴィシャップを討伐した『勇者』リーンハルトが神聖視されるのは軍勢の力に頼らなかったからだと言われている。
ともかく、つまり両軍ともに戦争を続ける力が残っていなかったということである。
魔王側から連名で停戦の勧告が送られ、それを人族側が受諾し講和がされた。
これにより二百年間の平和が約束され、人魔共栄が謳われる宥和政策が始まった。
その中で交流が深まり、ハーフである獣人族が生まれたというわけだ。
この他にも、長耳族や炭鉱族、龍人族などが栄えた。
しかし、二百年後、両陣営の関係は次第に悪化し、その中で獣人族は魔族陣営についた、というわけだ。
魔王は称号も人数も決まっている。
【獣魔王】、【龍魔王】、【剛魔王】、【妖魔王】の四柱だ。
それぞれ獣魔族、龍魔族、巨人族、妖魔族から選ばれる。
これは確定事項だった。事実、百代以上に渡って魔王の位は一族の中でずっと継承されてきた。
しかし、一千年前、獣魔族の国が消滅した。それは一瞬であった。
青白い光が天から降り、一瞬で全てを消し去った。
誰も真相など知らない、まさしく天災。
すでに人類圏には魔族軍の大きな手札である『不死巨獣』アジュダハクも放たれており、戦争は始まりかけだった。しかしこの事件により魔王が一柱滅ぶこととなったため、魔族軍は大混乱し、侵攻はギリギリ止まったわけだ、が…
魔族側からすれば問題は欠片も終わっていない。
そこで、獣魔族が滅んでしまったため次の【獣魔王】は獣人族から選ばれることとなったわけである。
こうして【獣魔王】となったのが二代前のガリソニス。デルタイトはそこから数えて三代目だ。ただし、血の繋がりはない。
デルタイトは思案する。例の転移者はどうしたのか。
一応目立つ二人は確保したが、もう一人、一番重要なミツセ・ルパンはどうなったのか。
部下からも今の所は報告がないが…。
上司の不機嫌を察知したように、机に置いてあった水晶が光り、彼の部下の声と姿が映る。
「デルタイト様、例の人物が見つかりました」
運がいい。バルテン城内に潜ませていた間者から報告がきたようだ。
どうやら、転移元の国からの品と思われる硬貨を売りに来たらしい。その際に呪いの権能も使っていたらしいので、ほぼ確定に近いとのこと。
どうやら、城塞都市バルテンにいるらしい。
そこに部下を派遣して、デルタイトは思う。
(ルパンとやら、そろそろ会えるな。楽しみだよ)
ルパンはそのことに気づかない。
それが罠であると知らず、泥沼のように引き込まれていく——
——※——
ヴィクシルは彼の暮らす国に戻ってきていた。彼は龍人族であり、彼らの族も魔族側で暮らすと決めた族であった。
(思えばこの街も久しいものだな…)
龍魔族の国。誇り高き【龍魔王】様の治める土地。
雑多な印象を受けるが、それは力こそ全てという魔族の考えに基づいた物であり、ヴィクシル自身嫌いな物ではなかった。
まず、種族が豊富で姿形が異なる人々が共存している以上仕方ないのだ。
しかし、どうにも神聖スプンタ教国で見た整然とした風景と比べると、どうにも違和感があった。
人々の活気という点ではこちらが上回っている。皆楽しそうに日々を送っている。
しかし、そこに美しさというものはない。宗教国家の名は伊達ではなく、アロイスを倒すために訪れたあの国はどうにも美しかった。敵の国だというのに。
好きだとか嫌いだとかという感情とはベクトルの違うものであった。
(俺も考えが変わったものだぜ)
そう独白しつつ、ヴィクシルはとある山に登る。
鬱蒼とした森の中。一つの岩がヴィクシルの前に現れる。
そこが、ニーナ——彼の亡き婚約者の墓であった。
敵討ちに行ったのにも関わらず、アロイスとその上に立つ少女のことを殺せなかったこと。
ギエン——彼女の父、ガズル——彼女の幼馴染、を亡くしたこと。
しかも、二人は敵の魔法でかき消されて遺品すら一つも残っていないこと。
ヴィクシルだけ生き延びてしまったこと。
「なあ、ニーナ、俺もお前と一緒に逝けてたらなあ…」
叶わぬ願いを口にし、その場にへたりこむヴィクシル。
しかし、それは許されぬ願いであるのだ。
「…俺も何か前より強くなっちまったみてえなんだよなぁ…できるだけやってみるけど、期待するなよ?」
取ってつけたように笑って、ヴィクシルはニーナの墓の前を後にした。
二人の墓を作るのも忘れずに。
——※——
そこは、古から守り抜かれた古城。
幾度となく陥落し、幾度となく奪還され、その度に増築され続けたことで肥大化した巨城。
絶対的強者が施した不朽不滅の術式によって、その城は古の姿を今に伝える。
その城の正しい名称は今となっては誰も知らない。
いつしか誰かが呼び始めた、「不朽の龍城」と。
そこに住まうことができるのは、龍魔族の長、即ち【龍魔王】とその最側近のみである。
今代の【龍魔王】、ヴィルトックは城下に流れる噂を思い出す。
アロイス・アクス討伐と称して人族領に踏み込んでいった者達が帰ってきたらしい。
しかも、戦いの中で『超克』して。
相手は討ち漏らしたらしいが、大きな戦果だと思われる、と。
ヴィルトックは覚えていた。
無謀にもアロイス殺しに参加した三人のことを。
そういや下賎な混血だっただろうか。
正直、アロイスと戦って生き延びるとは思えなかった。
彼らは確かに強かったが、それでも『超克者』との間では天と地ほどの差がある。
それも、アロイスは相当な古参だ。
自分でも相手にするのは面倒なほど彼は強い。
それは置いておくとしても、こちらに新たな戦力が誕生したとすれば向こうもちょっかいをかけてくることだろう。
噂が本当だとしたら、大変な話だ。
千二百年間無かった大戦、聖魔大戦が、近いかもしれない。
——※——
——某所。
髪の紅い少女が呟く。
「ちょっと、危なそうだね〜。ワタシたちが出ることにはならないといいんだけどなぁ〜」
「そうですね。ほんと、あの御方にも困ったものです」
「その時は、頼むよ、ハルワ?」
「はい。私もお力添えします」
——※——
聖魔大戦、刻一刻とその日は迫る。




