010話 初仕事・後編
いきなりだが、この迷宮『竜王の家』は、せいぜい地下五、六階層ぐらいまでしかないと推定されている。
理由は単純明快。他の迷宮の魔物と比べて竜族は圧倒的に大きいからである。
大きければ、それだけ一階層あたりにかける上下の間隔も高くせねばならない。
そして、最下層の魔力結晶が存在する深さは大体決まっている。
過去に、出てくる魔物が全て粘族という迷宮が存在したが、その迷宮の天井の高さは一.七メートル程度しかなかったらしい。
そのせいで長身の冒険者は入れなかったそうだが…。
で、その分階層は多く、三十階層もあったとか。
多分単純にダルいと思う。
しかし、この『竜王の家』は天井まで十メートル以上ある。バカ高いな。
それは、すなわち階層が少ないことを意味するのだ。
どうしてそんなことを新人の俺が知ってるかって?
ユーグさんが全部教えてくれるんだよ。さすがBランク冒険者といったところか。
今俺らは迷宮の一階層を彷徨っている。
今になって発覚した衝撃の事実。なんと誰も迷宮攻略に詳しくないのだ…!
しかし、不便かと聞かれるとそうではない。
恐らく、大抵の罠はかかってからでもシーナさんの回復魔法とかで解毒や治癒できるから二人とも警戒していないのだろう。
だから、結構みんな引っかかっている。
しかし、治せるからとはいえ、鳩尾に矢がぶっ刺さった時とかは少し、いや、死ぬほど痛かったので少しは警戒ぐらいしてほしい。
おっと、目の前に魔物が出てきた。愚痴ってる暇はなさそうだな。
「幻妖赤蛇だ!気をつけろ!」
「任せて!〈地属性魔術〉『結晶質基盤』」
俺ら三人の前に強固な結晶質の防壁が出現した。
これは俺の全力パンチを三発ぐらい当てないと壊れないレベルで頑丈な防壁である。
まあまず破られない。
この防壁に隠れながらヒットアンドアウェイしてく訳だが…
最近気づいたが、俺の体は人間の体である。
多少ではなく頑丈だったり再生速度が結構早かったりするが、それでも俺は俺は間違いなく人間である。
人間である以上、炎で満たされた密室に閉じ込められたら容易く死ぬ。
この蛇が使ってくる毒とか幻覚魔法とかにも弱い。
なので、接近しないとダメージを与えられない体である男子組は『結晶質基盤』に隠れながら戦わざるを得ないわけだ。
「ルパン、とりあえず攻撃は任せた」
「わかりました!やれるだけやってみます」
自信満々に答えたが、内心ではヒヤヒヤだ。だって、見た目からしてこの蛇強いもん。
名の通り真紅のボディに、禍々しい牙と一対の純白の角を生やしている。
そして、結構デカい。五メートルぐらいあって、太さも三十センチ以上ありそうだ。
しかも、実際強い。
さっき一組他のパーティが戦ってるのを見たが、幻覚魔法で位置を眩ましてからの麻痺毒のコンボが非常に凶悪だ。全員倒れ伏してそのまま蛇に食われていた。
……かなりグロい。
おっと、こんな状態ではあるが、合掌も忘れないでおいた。
毒と体当たりの周期を見定めて、俺は一気に距離を詰める。
拳に込めるのは、俺の発揮しうる全力の力。
蛇も突然現れた俺に困惑している様子だ。これなら…!
そのまま、頭部の少し下を狙って真っ直ぐ一撃を狙う。
「キシャァァァァァァッ!」
「砕鉄拳!」
俺の拳は、蛇の咆哮に負けじと鋭く蛇の胴に食い込んだ。
グチャッという感覚が俺の手に伝わる。生物の体を貫く感覚。
この感覚はいつも慣れない。気持ち悪いというより、何だか背徳感が募る。
まあいい。いずれ慣れるだろう。
黒いコソコソとした害虫を殺すのに潰した後が気持ち悪い以外の理由で躊躇する人はそうそういないのと同じような話である。
まあ、俺は断然ゴ○ジェット派だったがな。
俺が腕を蛇から引き抜いた後、怯んだ蛇に俺らは一斉に攻撃した。
俺は蛇の逃亡を阻むため地面に押さえつけ、
ユーグさんはヤバそうな魔剣で頭を狙い、
シーナさんが氷の槍で串刺しにする。
「キシャァァァァァァァァァァァァッ!」
おお。これが断末魔ってやつか。
蛇は数十秒もがいたが、最後に力なく咆哮してこと切れた。
あたりは白い光に包まれ、魔晶石だけが残る。
結構立派な大きさだった。拳大かな?先日倒した亀とかよりデカい。
おっと、誤解を招く言い方だったか。魔晶石のサイズの話だよ。
二人が駆け寄ってきた。
「お前の力、ほんととんでもないよな…若干引き気味だわ」
「そうね…あの蛇って結構硬かったと思うんだけど…いやどうだったかしら…?」
「存在意義はあるようで良かったです!」
やっぱり人に認められるのは嬉しいね。
さっき使ったパンチに砕鉄拳とかいう名前をつけてしまったが、これは単に気分の問題だ。
ほら、声を出しながらの方が力が出やすいとかよく言うじゃないか。そんなもんだよ。
おっと、剣の方じゃないぜ?ルパンだからってそういうことはできないのだ。
俺らはのんびり迷宮のフロアを歩き回る。
幾度となく魔物に遭遇したが、三人がそれぞれ容易く倒していった。
もう歩き尽くしたかな〜と思う頃。
視界の端に、異質な何かが現れた。初めての階段だ。いや、前回潜った時は見つけたんだけどね。
前回と同じくボスとかはいないようだな。
次の階層へのご招待だ。
ちょっと身構えていた二階層も、そこまでの難易度ではなかった。
多少爬虫類系の魔物が増えた程度か。
相変わらず、シーナさんが防御し、残りの二人で攻撃だ。
それを続ければ大抵の魔物は魔晶石へと変わっていく。
これ、結構稼げたんじゃないかな?
一階層で見た幻妖赤蛇の魔晶石も結構大きかったが、下層階に行くほどどの魔物の魔晶石が大きくなる。あの雑魚かった蜘蛛でさえも、テニスボールぐらいのサイズの魔晶石を落とすようになった。
大きいほど加速度的に価格が上昇するのはわかっている。
つまり下層階の方がどんどん稼げる!という訳ですね。
一階層と同じぐらいの時間で二階層も攻略した。
そして、一階層と同じぐらい罠に掛かって痛い目をみた。
なんということだ。脳筋しかいないのか。人間とは成長しない生き物のようだ。
三階層からは、ちょっといきなり雰囲気が変わってきた。
階段から降りた瞬間、目の前に現れたのは巨大な緑色のドラゴンだった。とても高い天井なのに、その深緑の竜の大きさは階層の半分を占めている。
…は?突如として難易度インフレすな。
「グギョオォォォォォォン!!!」
「えーと、何だっけ?こいつ」
「深緑双脚竜、かな。まあ何とかなると思うわよ!」
「いやどうして二人とも落ち着いていられるんですか!ドラゴンですよドラゴン!」
「こいつはデカいだけなんだよ。あんまり攻撃手段ないし」
シーナさんがちゃんと名前を覚えていたという奇跡も、目の前に出現した禍々しい竜に物怖じしない二人への驚愕の前には小さなものだった。
え、だって、竜だよ?デカいよ?硬そうだよ?卑猥な意味ではなく。
立ちすくむ俺に、竜は真っ直ぐ向かってくる。高さ十メートルから。
間違いなく命の危機なのに、恐怖で体は引き攣って動かない。
この震えは、本能的な恐怖だ。
「『結晶質基盤』!」
「グギョオォォォォォォン!!!」
シーナさんが『結晶質基盤』を張ってくれた。あの突進を防ぐとは…。間違いなく押しつぶされると思った。
再び竜が咆哮する。『結晶質基盤』に弾かれてお怒りのようだ。
しかし、『結晶質基盤』にはヒビが入っている。すごい破壊力だな。
「な?楽勝だろ?」
「『結晶質基盤』さえ張れれば楽勝だからね〜!」
「…そうですね…!」
あの体当たりさえ防げば大丈夫だとわかったなら、あとは簡単だ。
体当たりで降りてきたタイミングで「砕鉄拳」のラッシュでもお見舞いすればいい。
「ユーグさん、竜を誘導してくれますか?お願いします」
「おお。わかった」
「できたら私も降りてきた竜を止められないかやってみるよ〜!」
竜が咆哮し、体当たりの準備に入る。
あれだけの威力があるのなら避けるのは難しい。
『結晶質基盤』でも使わないと防ぐのは難しそうだ。
ギィィィィィン!とすさまじい音が鳴り響き、ユーグさんを守っていた『結晶質基盤』が砕け散る。
威力は相殺され、ユーグさんは急いで撤退した。
「〈空属性魔術〉『封鎖空間』!」
「グギョオォォォォォォン!!!」
シーナさんがうまく竜の行動阻害に成功したらしい。
これを見逃す手はない。試しとばかり、とりあえず一発全力のパンチだ。
硬い鱗が砕け散り、竜が咆哮する。声だけで怖気ついてしまいそうだ。
しかし、今の竜は動けない。動けないでいるうちに与えられる限りのダメージを与えねばならない。
「喰らえ、砕鉄拳!」
「よし、俺が止めを刺す!」
一閃。ユーグさんの魔剣が振れ抜かれ、竜に断末魔をあげさせる暇もなくその首が落ちる。
眩い光とともにその身が魔晶石へと転じた。
いやこの人強すぎるって…。間違いなくBランクとかいうお粗末なレベルではないと思う。
「ユーグさん、ありがとうございます」
「さっすがユーグだね!かっこいいよ!」
「…だろ?」
迷宮の奥底でもイチャイチャするな。閉鎖空間で火を燃やしたらダメだから爆発させられないのが悔やまれる。
想像よりも二人が強くてちょっと恐ろしくなってしまう。
これは——あれだ。元の世界で感じていた疎外感に似ている。
自分にだけ気にされていないような、そんな絶望感。
でも、今回は違う。俺は気に掛けられている。
それを続けるために、一生懸命役に立たねば。
無視されないために。役立つ存在であらねばならないんだ。
これが正しいかはわからない。自分らしく生きろと言われるかもしれない。
だが、ユーグさんやシーナさんの他に俺のことを認めてくれる人がいるとは限らない。せっかく掴んだチャンスを自ら手放すようなことは無駄だ。
だから、俺はこの人たちに認められ続けるように頑張るんだ。
そのままの勢いで、俺らは三階層を攻略した。
四階層への階段が見えた辺りで、シーナさんが地面に転移魔法陣を刻んだ。ついでに結界で覆っている。
「迷宮外から迷宮内へ直接転移ってできねえんだよ。迷宮内から迷宮外はできるんだけどな」
「すご〜い!よく覚えてるね!」
「これぐらい覚えといてくださいよ…」
「もうこいつのことだから仕方ないだろよ。まあいい、帰ろう」
こうして、俺らは三階層まで攻略に成功した。
少しまだ迷宮を舐めていた。この時は。




