VSトロル
「ギャアアアアアアア!」
「ペンンンンンンンン!」
二人は滑稽なほど錐揉み回転しながら川に落ちた。
たまたま落ちた先が川だったので良かったが、地面に激突していれば確実に死んでいただろう。ヒラタも内心では「殺す気か!」とつっこんでいるし、コクザンも「あれ大丈夫か?」と心配していたりした。遠くで大きな水柱が立ったので、コクザンはとても安心した。
ヒラタ、何とか泳いで岸まで辿り着く。
視力もようやく戻ってきたようだ。
「ゴホッ、ゴホ。し、死ぬかと思った。」
「た、助かったポサ。川に感謝ポサ。」
本当だよ。川沿いに歩いて川沿いで戦って川沿いに飛ばされたのが功を奏したようだ。それにしてもコクザン、あいつは強かったな。
「反射神経っていうか、判断力っていうか。居合が防がれるとは思わなかった。」
「スキルも似てたペンねー。」
そうなんだよなぁ。
俺のスキルが炎球でコクザンのスキルが黒球。威力や速度までそっくりだった。運命を感じるぜ。
「まぁ、だからこそ、負けたのが悔しいよなぁ。」
「でもコクザンの方がダメージは受けてるペンよね。」
確かに。俺二回木刀で叩いたからな。
逆にコクザンはロックの噴火で俺達を吹っ飛ばしただけで、直接ダメージを与えた訳じゃない。
引き分けって事に............ならねぇよなぁ。
まぁ、今は大した怪我が無い事を喜んで仕事にせいを出すとしよう。
「そういえば地図は............あっ。」
ポーチに入れていた地図兼依頼状、濡れる。
破れていないのが不思議なくらいだ。
「ま、まぁ、きっと大丈夫だろ。えーっと、まだ辛うじて読めるな。」
どうやらコクザンに飛ばされた距離を考えるとかなり巣に近づいたようだ。寧ろ歩いていて突然トロールとエンカウントしてもおかしくない。縄張りの中には入ってしまっているから、ここからは気を引き締めていかないとな。
「と、言うわけで。もうトロールはすぐそこだからちゃちゃっと倒して帰ろうぜ。」
そう言って森の奥に視線を移した時、そいつと目があった。
そいつは、緑色の肌をしていた。太った人間のような体型で、大きさはゆうに二メートルを越えている。体の至る所にシワがあり、植物で作ったらしい物で腰辺りを隠していた。耳は尖っており、人間のそれより大きい。また、目は小さいが綺麗で明るい青色をしていた。そして素手だった。
こいつがトロルか!確かトロールはトロルより一回り大きい。トロルの大きさは二メートルほどだと図鑑にも書いてあったから、こいつは間違いなくトロルだ。
しかし動かないぞ。人間を初めて見るのか?
ヒラタが思ったように、トロルは動かなかった。
その青い小さな目でこちらをじっと見つめている。
「もしかしたら戦わなくて済むかも――――」
ヒラタがそう言って木刀を一瞬下げた。
その一瞬を見たトロルは奇声を発しながら突進してきた。
ヒラタは即座に判断した。
「炎球!」
まずは炎球をトロルの顔にぶつける。
トロルはCランク。ヒラタの炎球をまともに食らったら動きは止まる。しかしヒラタは分かっていた。木刀ではトロルの頭を斬れない。ならばどうするか?
「ペン太!」
「フリーズンポサ!」
ペン太のフリーズンがトロルを拘束していく。
トロルは力が強いが、それはあくまでCランクの中だけの話。スケルトンのような力はないので、ペン太のフリーズンを破る事は出来ない。
「やるしかねぇか。」
ヒラタは体が凍って動けないトロルを蹴り倒す。
そしてトロルの顔についている小さな目玉を見た。
ヒラタがトロルを斬らずに倒す方法、それは目玉を突き、そのまま頭を突き破る事だ。斬れないなら中から破壊すれば良いという考えである。
しかしこれはあまりにも残酷だ。
生き物を、ましてや人型の目を突いて殺す等、正気の沙汰ではない。
いくらヒラタがVRゲームを嗜み、ハウンドを狩り続け、殺す事に慣れていてもこれは難しい。ヒラタにも人の心がある。
そもそもモンスターとは一体何なのかヒラタは良く分かっていない。ルーンさんに聞けば何か分かるのだろうが、聞いた事はなかった。
つまり良く知らない人型の生物の目玉を突いて殺さなければならないのだ、ヒラタは。
果たしてそれが出来るだろうか?
果たして誰が出来るだろうか?
殺人鬼なら出来たかもしれない。倫理観が狂った人間なら出来たかもしれない。しかし普通の人間には無理だ。普通の人間は、同じ人間をも殺すのを躊躇う。
しかしヒラタは果たして普通の人間と言えるだろうか?
否、異世界に訳も分からず飛ばされた人間は普通ではない。
やらなければならないのだ。普通でなくなったのだから。やらなければならないのだ。異世界に飛ばされたからには。
そんな事はとうの昔に分かっていた。
ヒラタは覚悟を決めた。
トロルの目玉に木刀を突き刺す。力いっぱい突き刺す。そうしてやらなければ殺せないからだ。痛め付けるだけになるからだ。両目を潰した。突き刺した。何度も何度も刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返した。その間トロルは叫び続けていた。ヒラタも叫んでいたかもしれない。しかしそれはヒラタには分からなかった。幾分か時間が経ってようやくトロルは動きを止めた。ヒラタの服には返り血が付いていたが、リヴァイアさんによって水の魔法がエンチャントされたその服は瞬く間に血を浄化した。
「ダメだな俺、ちょっとでも人間っぽい見た目だと躊躇っちまう。」
「仕方ないポサ。ヒラタがやらなくても誰かが殺していたポサ。ただ今回はヒラタだっただけペンよ。」
こうなる運命だったとしても、生き物を殺す感触には慣れたくない。
ハウンドだって殴り心地の良いやつじゃなかった。
覚悟を決めたはずなんだけどな。
「さ、行くか。いつまでもウジウジしてられないからな。」
トロルの死体は放置していても良いだろう。勝手に他のモンスターが食うだろうし、食べなかったとしても病気の発生源になるなんて事はないだろうから大丈夫だ。この世界にはどうやら病気という概念が無いようだからな。
ヒラタが木刀をトロルから抜き、鞘に納めて再び森に入ろうとしたその時、ふと音が聞こえたような気がした。
その音というのは、何か巨大な生き物がこちらに向かって走ってくるような音だった。この森にはいてもせいぜいCランクのモンスターなので、巨体で走ってくるようなやつは限られてくる。例えばそう、今死体になって転がっている奴とか。
「おいおいおいおい、もしかしてさっき叫んでたのってただの断末魔じゃなかったのかよ。」
「どどどうするポサ!?」
現れたのはトロル。しかも五体だ。
木々の間を縫うようにこちらに向かって突進してくる。その姿に理性は微塵も感じられない。ただ暴力があるだけだった。
ヒラタは考えた。ペン太のフリーズンで川を凍らせて逃げよう、と。トロルはどう見ても重いだろうから、氷の上なんか渡れる訳ないと思ったからだ。
しかしそのアイデアが採用される事は無かった。
何故ならいきなり向かってきていたトロル五体の頭が爆散したからだ。
トロルの体は糸が切れた人形のように倒れ、派手な音を出しながらヒラタの近くで倒れた。地面は既に血の海と化していた。ここでトロルが六体も死んでいるのだからそりゃそうなるだろうが、ヒラタでなければ血生臭さで吐いていただろう。
ヒラタは吐かない。生まれつきあんまり吐かない人間なのだ。腹を下しても酒を飲んでも吐かない。唯一吐くのは車酔いだけで、船でも飛行機でも酔わない。
なので吐かなかった、というのは理由の一端でしかない。ヒラタの鼻は血の臭いではなく別の匂いに占領されていた。
それは柑橘類にも似ているがどこか違う、女性特有の匂い。しかもヒラタはその匂いを知っている。知っているのにどこで嗅いだのか思い出せない。そんな匂いだった。
思い出せないのは仕方がない。ヒラタは後ろに振り返ろうとした。しかし目を少し右に動かした所で彼女は見えた。
「久しぶりよね? 元気にしていたかしら?」
「ぎいやああああああああああああああああああ!」
「いやあああああああああああああああああポサ!」
「毎回そんな反応をされると悲しいのだけれど。」
毎回そんな登場のされ方をするといつか心臓が止まるわ!
「トロルの動きを封じ、目玉を突いて殺したのね。良いと思うわ。ただそれじゃあ複数の相手は出来ないわよね?トロルの弱点は頭よ。頭を叩くのよ。」
それは分かってるんだけどなぁ、あなたみたいに強くないんですよ俺。ていうかよくよく考えてみたらなんでこの人こんなに強いんだ?えっ、あのトロル達一瞬で殺ったの?
「目玉を突いて脳を潰すやり方は合ってる。でも動きを封じて何度も何度も刺して殺すのは非効率。スピードとパワーで目玉、そして脳を貫くの。大丈夫、貴方なら出来るわ。」
なんですかその謎の信頼。
「でも俺の木刀じゃ頭切れないですよぉ。」
「斬る事に拘らないで............。」
いやぁ、そんな事を言われても............っていない!?
「いつの間にかいなくなってるポサ!さっきまでそこにいたペンよ!?」
はっ、まさかこれはスキルか!?
透明化とかかな?じゃあさっき一瞬でトロル達を殺したのは何だったんだろう?あれスキルじゃないのはチート過ぎて納得いかないんだが。
「斬る事に拘らないで、かぁ。」
俺のグッさん流剣技居合は斬る剣技だ。だから斬る事しか出来ない。拘るも何も俺それしか出来ないんだよな。
「だけどまぁ、確かにトロルが何体か出てきたら勝てないな。」
「ペンのフリーズンで凍らせるポサ?」
「凍らせる事は出来てもあくまで拘束にしかならないよなぁ。首を凍らせてそこを木刀で叩き割れば行けるか?」
俺が一瞬で考えた作戦はこうだ。
まずペン太がフリーズンでトロル達の首もしくは頭を凍らせる。そして俺が居合を使って木刀でそこを叩き割る。
このペン太のフリーズンは不思議な物で、ただ表面を凍らせるだけでは無いのだ。中までしっかり凍る。なので、叩いて中の凍った組織ごと砕く事が出来る。
だが頭だったり、魔石だったりは内部まで凍らない。大事な器官は守ってあるのだろう。だからとりあえず首を砕き、頭と体をちょんぎってしまおうという作戦だ。
「だけどこんなに上手く行くペンか?」
「それは............やってみなくちゃ分からない!」




