兄妹の秘密 1
「あら、ルナちゃん!調子はどう?」
「あ、エミさん!おかげさまで、見ての通り良いですよ」
はにかむように笑って見せると、近所の住人で世話好きのエミは、頬を紅潮させて笑い満足気に頷いた。この手の夫人には、庇護欲を擽るこの笑い方が効果的だということは、長年の経験から実証済みだ。
「そういえばね、前話したあの子爵の息子さんがね…」
そのまま始まる世間話。隙を持て余した比較的裕福な家の夫人の取り留めのない話の中にも、有益な情報が挟まっていたりする。それを聞き出せたら、収穫あり。
夫は国の役人という身分のエミは、顔が広く、噂好き。この夫人に気に入ってもらえた事で、随分と仕事がし易くなった。
「…でね、そういう訳だから、ルナちゃんもどう?」
「……へ?」
「だからね、九月祭の前夜祭に一緒に行かない?って言ったの。ドレスとかいろいろ見立ててあげるし、来るのは役所の役人さんとか貴族とかばかりだし、何も怖いことはないわよ」
どう?と詰め寄られて、顔が引き攣りそうになるのを堪えて、残念そうな表情を作る。
「ごめんなさい…まだ外に出るのはちょっと…兄さんにも余計な心配をかけたくないし」
せっかく誘ってくれたのに本当にごめんなさい、と俯けば、彼女の庇護欲がまた擽られたようで、参加できないことを残念がりながら、その顔は嬉しそうだ。
「そうよね。いいのよ、ルナちゃんは本当に良い子ね。ジル君はあなたみたいな妹がいて幸せね…あら」
エミが何かに気付いたように目を上げる。その視線を辿ると、昼間の仕事を終え帰宅してきた、ジル―――兄の姿があった。
「噂をすれば、ね」
エミは若々しく笑って見せた。あたしも微笑み返す。こちらに気付いたジルが、あたしたちに手を振った。
「おかえりなさい、兄さん」
「ただいま」
そう言って笑い合うあたしたちは、隣に立ち羨望の眼差しを向ける夫人の目に、またはあらゆる人の目に、麗しい兄妹愛の具現として映ることだろう。
「エミさん、いつも妹がお世話になってます」
ジルがあたしの頭を撫でながら言う。妹を慈しむ兄のように。
「お世話だなんて、私もルナちゃんと話すのが楽しみなのよ。二人が来てからこの団地も少し明るくなったような気がするわ」
エミは上機嫌に話すと、随分と下がった陽に気付いて慌てて帰って行った。
社交界の噂話で暇潰しをしているのだろうけど、彼女は彼女で幸せなのだろう。帰る家があり、家に帰れば待つべき人がいる。
ふっと、胸を冷たい風が通り抜けた気がした。
「兄さん、オリーブの丘の小屋に渡り鳥が巣を作っているそうよ」
「あぁ、それは見に行かないとな」
にこやかな会話の端々に散りばめた、ニ人にしかわからない暗号。話す二人の眼に暗い光が宿っていることは、誰一人、知らないこと。




