表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風姫と風見鶏  作者: 夜織
1/3

終わりと始まり


音も立てずに忍び込み、長い廊下をひた走る。月も星もない真暗な夜でも、この眼はよく利く。

目的の場所に忍び込み、鍵を壊し仲間を呼んだらあたしの仕事は終わり。


あたしを拾った団長は、あたしを猫みたいだって言った。だからあたしの名前は"猫"。

彼は硬く骨張った手で、あたしを優しく撫でてくれた。あたしはその手が好きだった。猫みたいに擦り寄って、甘えるのが好きだった。







彼が土の上に横たわって動かなくなった時、動かなくなった彼の下からひとり、ふたりと仲間だと思ってた人達が散り散りに離れて行った時、だけどあたしは彼の下を離れることはしなかった。


彼はあたしを愛してくれた。まるで父親のように。家族の愛なんて知らなかったあたしは、本当のところ今でも完璧に理解した訳じゃないけど、それでも彼を父親のように慕っていた。

彼の愛したものを、彼の代わりに愛そう。冷たくなっていく彼の手を握りながら、ぼんやりとした思考の中で、そう思った。


ザリ、と、また誰かが土を蹴って、この場所を離れて行く。チラと目を上げる。暗闇の中でよく利くこの眼は、その背中を捉えた。あぁ、あいつもか。

この場に残ったのはあたしを含めてたったの六人。いや、今二人静かに立ち上がって去って行き、僅か四人だ。


何にも面白くないのに、喉の奥から笑いが込み上げてくる。


く、と息を漏らした時、同時にもう一人、同じように息を漏らしたやつがいた。そいつは離れて行った奴らと反対方向に、冷たくなった団長とその傍にいるあたしの方へ近付いてきた。


「おまえはどうする、猫」

「……」


あたしは俯いたまま黙っていた。訊かれるまでもなく、応えは決まっている。そしてこいつ―――ジルにはそれを言わなくても解るはずだ。お互い先代によって拾われ、兄妹のように育ってきた。言わずともわかる、そんな関係だ。


不意に、顎を掴まれて上を向かされた。そういえば、団長があたしに与えた名って随分適当だな。こいつには、ジルなんて、割とまともな名前を付けたくせに。正面にいるあたしの顎を捕らえた無表情の男を、無表情で見据える。

ジルも、どっか行っちゃうのかな。ぼんやりと、その双眸を見つめる。見つめた奥で、その心が揺れているのに気付いた。動揺か、絶望か。…いや、違う。


「ジル、」

「…なに?」

「泣かないで、ジル」


あたしは彼の頬に手を伸ばした。冬の入り口の季節に、火も焚かずに長い時間いたものだから、その頬はひんやりとしていた。


「…っ」


同時に、ジルは眼を見開いて息を詰めた。


「泣かないで」

「…―――っ」


おかしな事を言っている自覚はあった。ジルは泣いてなんかいなかった。だけど、あたしを見詰めたその双眸があまりにも悲しくて、その悲しみが伝わってきて、どうしたらいいか、わからなくて。


いつの間にかあたしの肩口に頭を埋めたジルが、静かに呼吸をしていた。微かに息を震わせて。団長は冷たかったけど、ジルは温かかった。

あたしはその背中に手を回した。そうするとジルも、同じようにあたしを抱き締めた。力強くぎゅうぎゅうと、手加減なしに抱き締めるものだから、あたしは少し苦しかった。地面に膝立ちになっていたから、膝が痛かった。でも、何も言わなかった。


あたしはその時、漸く理解したのだ。

動かなくなった団長は、もうここにいないということ。仲間だと思ってた人達が、いなくなっていった理由。残った仲間の、その表情の意味。強くて賢いはずのジルが、何故弱々しくあたしに縋るのかを。


いつか団長があたしに言った。


「強くなれ、猫。おまえの大切なものを、おまえが守れ」


その言葉の意味を、漸く理解した。


陽の光を見ることなどなくてもいい。月明かりも星明かりも、あたしには必要ない。

この身に授かった能力を利用して、あたしはこの手に掴めるだけのものを、この手を取ってくれる人だけを、守り抜こう。







空が白く明けてきた頃、あたしの肩に顔を埋めていたジルが漸く顔を上げた。

あたしは両手で彼の濡れた両の頬を包み込んで、


そして、静かに笑って見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ