終わりと始まり
音も立てずに忍び込み、長い廊下をひた走る。月も星もない真暗な夜でも、この眼はよく利く。
目的の場所に忍び込み、鍵を壊し仲間を呼んだらあたしの仕事は終わり。
あたしを拾った団長は、あたしを猫みたいだって言った。だからあたしの名前は"猫"。
彼は硬く骨張った手で、あたしを優しく撫でてくれた。あたしはその手が好きだった。猫みたいに擦り寄って、甘えるのが好きだった。
彼が土の上に横たわって動かなくなった時、動かなくなった彼の下からひとり、ふたりと仲間だと思ってた人達が散り散りに離れて行った時、だけどあたしは彼の下を離れることはしなかった。
彼はあたしを愛してくれた。まるで父親のように。家族の愛なんて知らなかったあたしは、本当のところ今でも完璧に理解した訳じゃないけど、それでも彼を父親のように慕っていた。
彼の愛したものを、彼の代わりに愛そう。冷たくなっていく彼の手を握りながら、ぼんやりとした思考の中で、そう思った。
ザリ、と、また誰かが土を蹴って、この場所を離れて行く。チラと目を上げる。暗闇の中でよく利くこの眼は、その背中を捉えた。あぁ、あいつもか。
この場に残ったのはあたしを含めてたったの六人。いや、今二人静かに立ち上がって去って行き、僅か四人だ。
何にも面白くないのに、喉の奥から笑いが込み上げてくる。
く、と息を漏らした時、同時にもう一人、同じように息を漏らしたやつがいた。そいつは離れて行った奴らと反対方向に、冷たくなった団長とその傍にいるあたしの方へ近付いてきた。
「おまえはどうする、猫」
「……」
あたしは俯いたまま黙っていた。訊かれるまでもなく、応えは決まっている。そしてこいつ―――ジルにはそれを言わなくても解るはずだ。お互い先代によって拾われ、兄妹のように育ってきた。言わずともわかる、そんな関係だ。
不意に、顎を掴まれて上を向かされた。そういえば、団長があたしに与えた名って随分適当だな。こいつには、ジルなんて、割とまともな名前を付けたくせに。正面にいるあたしの顎を捕らえた無表情の男を、無表情で見据える。
ジルも、どっか行っちゃうのかな。ぼんやりと、その双眸を見つめる。見つめた奥で、その心が揺れているのに気付いた。動揺か、絶望か。…いや、違う。
「ジル、」
「…なに?」
「泣かないで、ジル」
あたしは彼の頬に手を伸ばした。冬の入り口の季節に、火も焚かずに長い時間いたものだから、その頬はひんやりとしていた。
「…っ」
同時に、ジルは眼を見開いて息を詰めた。
「泣かないで」
「…―――っ」
おかしな事を言っている自覚はあった。ジルは泣いてなんかいなかった。だけど、あたしを見詰めたその双眸があまりにも悲しくて、その悲しみが伝わってきて、どうしたらいいか、わからなくて。
いつの間にかあたしの肩口に頭を埋めたジルが、静かに呼吸をしていた。微かに息を震わせて。団長は冷たかったけど、ジルは温かかった。
あたしはその背中に手を回した。そうするとジルも、同じようにあたしを抱き締めた。力強くぎゅうぎゅうと、手加減なしに抱き締めるものだから、あたしは少し苦しかった。地面に膝立ちになっていたから、膝が痛かった。でも、何も言わなかった。
あたしはその時、漸く理解したのだ。
動かなくなった団長は、もうここにいないということ。仲間だと思ってた人達が、いなくなっていった理由。残った仲間の、その表情の意味。強くて賢いはずのジルが、何故弱々しくあたしに縋るのかを。
いつか団長があたしに言った。
「強くなれ、猫。おまえの大切なものを、おまえが守れ」
その言葉の意味を、漸く理解した。
陽の光を見ることなどなくてもいい。月明かりも星明かりも、あたしには必要ない。
この身に授かった能力を利用して、あたしはこの手に掴めるだけのものを、この手を取ってくれる人だけを、守り抜こう。
空が白く明けてきた頃、あたしの肩に顔を埋めていたジルが漸く顔を上げた。
あたしは両手で彼の濡れた両の頬を包み込んで、
そして、静かに笑って見せた。




