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風姫と風見鶏  作者: 夜織
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兄妹の秘密 2

「…で、本当に今日、大丈夫なの?」


身体に密着する特殊な布地の衣に、袖を通しながら問う。団長がいて、あたしたちの一団がまだ大きい組織だった時から使っている衣装。布地は希少な物らしく、このあたりでは手に入らない代物で、だから綻びを縫ったりして補修しながら、長い間使っている。


「ん。天気は曇りか雨、風はなし。加えて九月祭の前だ。警備は王城周辺に偏ってる」

「雨は嫌よ」

「そんなこと言ったってどうしようもないな。俺には天気まで操る能力はない」

「…わかってる」

「それで、おまえの方は?エミからなんか聞いたか?」

「大したことは…アイオール子爵家の三男が恋人に振られて頭から水をかけられて風邪引いて、どういう訳か新しい恋人ができたってことくらい」

「なんだそれ。随分脚色されてんな」

「知ってたの?」

「同僚だよ。まぁ確かに恋人は変わったみたいだが…そんな大袈裟な話は聞いてない」

「うわぁ…ジル、子爵家の息子なんかと仕事してんの?大丈夫なの、それ」

「伯爵家も侯爵家もいるぞ。まぁ今の部署は能力主義だからな。俺は奴らには負けない……よし、そんじゃ行くか、ルナ?」

「…ルナじゃない」

「面白い奴だな…猫」


呼び声を合図に、あたしたちは二手に分かれる。


真っ暗闇を風のように走り抜ける。生まれ持ったこの眼と、盗賊として生きるために手に入れたこの身体能力があれば、見た目ばかり豪華で警備は手薄な金持ちの屋敷に侵入する事は余りにも容易い。

荘厳な家門を飛び越え、無駄に広い庭園に侵入する。まるで罠のように至る所に置かれた置物も、踏めば音の鳴る砂利道も、あたしには苦じゃない。間をかいくぐり、迷うことなく進んで行ける。


ランプなど持たなくとも、街灯などなくとも、この眼には、昼間のようにはっきりと世界の姿が映る。







あたしの眼は特殊だ。

いつからそれを知っていただろうか。

確かな記憶はない。



一番古い記憶にあるのは、あたしに手を差し伸べる団長の姿、その隣に立ったジルの姿、それから大きな満月。とても寒くて、身体中が痛かった。頬に触れた団長の手が温かくて、あたしはその時初めて呼吸をしたような気がする。それがあたしのはじまり。


後々聞いた話、団長は冗談めかして、月夜の森の中であたしが光っていたと言った。だから見つけたのだと。団長は変な事ばかり言うひとだけど、その話は嘘ではなかった。実際に、あたしの髪の毛は、月の弱い光を反射して光っているように見える。色の所為なのか髪の質なのか、よくわからないけど。


それから何時になく真面目な表情をした団長と、月のある夜には外に出ないことを約束した。


今思えば当たり前のことだ。盗賊が夜中にキラキラ光っているようでは、目立ってしまって仕事にならないのだから。


団長がいなくなった後も、その約束は守っている。

あたしたちが動くのは、月も星もない、真暗な夜だけ。




標的物がある部屋の前に到着。

鍵を壊すための道具を取り出す。この道具も特殊な物で、国中を探しても同じものは無いだろう、と団長は言っていた。どこから持ってきたの、と聞いてみたことがあるが、団長はにこ、と笑っただけで、それ以上は何も教えてくれなかった。


鍵が壊れた。扉に手をかける。人の気配は無し。

標的物はすぐ目に付く場所にあった。豪奢な額に入った大きな絵画。安全な場所に待機していたジルを呼べば、すぐに部屋に現れた。ここから先は彼の仕事だ。団長から受け継いだ、ランプとは形状の違う棒状の、部分的に対象を照らすことのできる灯具を手に、絵画を査定する。

素早く価値の有無を見定める。ジルのその眼は確かだ。


今日の標的は"価値あり"。すかさず額ごと壁から降ろして、大判の布でくるみ持ち出す。再び庭園の罠をかいくぐって逃走する。


標的物のあった屋敷の敷地を出た後も、あたしたちは一言も言葉を交わさない。栖に着くまで。風を切って走る。

この季節になると、夜はもう寒い。栖に着いて、呼吸を整え集中を切ると、一気に夜の冷気を肌に感じ身震いした。


「…さむい…」

「寒いな…おつかれ、猫。もう休め」

「ルナ、って呼べ。今は」


ややこしい奴だな、ジルが苦笑した気配を感じた。あたしの頭に手を置いて、髪の毛を梳く。冷えた身体に体温が戻ってくるような感覚。目を閉じるとすぐに、あたしの意識は混沌に落ちた。




ふと、思うことがある。




仲間は減りに減り、今ではジルとあたし、たった二人の盗賊団だ。件数こそ減ったにしろ、むしろ二人でやるようになって効率は上がった。夜眼の利くあたしと、価値が判るジル。二人がいれば、十分に仕事ができる。


かつてのいなくなった仲間は、逃げた奴が大半だけど、中には任務中に怪我をして再起不能になった者、捕まった者、またごく少数だが命を落とした者もいる。それだけ危険な仕事だ。導となっていた団長ももういない。


この状態で、あたしたちはこの盗賊業をいつまで続けるのか。


今となっては、何の目的でやっているのかもよくわからない。ジルだってきっと同じだ。


あたしたちはそれぞれに、求めているんだと思う。この生業のどこかに、団長の影を。その姿を。

続けていれば、いつかまた、なんて、おかしな幻想を抱えて。


失われたものはどんなに足掻いたって取り戻すことはできない。それを教えてくれたのも団長だった。そしてその意味を、あたしたちは理解していながら。


生まれた時から孤独だった。肉親に愛されたことなどない。

そんな孤独を、飢えを、団長は埋めてくれた。だからあたしたちは、団長がくれたものに縋るしかないのだ。







あれから四年が経とうとしている。

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