陥落寸前の急報
エンジュさんの東都市襲来から、数日が経った。
ツバキの話によれば、俺たちはエンジュさんと明確に敵対したことになっているらしいのだが、特段なにか危害を加えられるわけでもなく、エンジュさんはそのまま中央都市へと戻っていった。
一体どんな手で仕掛けてくるのかはわからないが、その時は覚悟を決めて受けて立つしかない。
「ねぇ、トビー。ちょっといい?」
ギルドのロビーを歩いていると、受付からクロエに手招きで声をかけられた。
「ん? どうした?」
「ここ数日、ギデオンさんの様子がおかしいんだけど……なにか知ってる?」
ギデオンさんが? 俺は特に様子がおかしいとは感じなかったけれど……。
「いや、心当たりがないな。どんな風におかしいんだ?」
クロエが顎に指をあてて、ンーと思い出すように唸る。
「なにか重大なことに悩んでいるというか、酷く焦っているというか……。とにかく、見ていて辛そうなのよ」
言われてみれば、最近のギデオンさんは目の下に濃い隈を作っていたような気もする。
いつもギルドの奥でどっしりと構えているあの人が、そんな様子だなんて心配だな。
「わかった。俺の方でも気にしておくよ」
クロエとそんな会話をしていると、ツバキもギルドへやってきた。
「おはよう。なんの話をしてたんだ?」
「いや、なんかギデオンさんが悩み事を抱えてるらしいんだ。ツバキは何か心当たりあるか?」
ツバキが腕を組んで考えるが、どうやら心当たりがなさそうだな。
「……あ」
だが、何か思いついたのか、ポンと手を打つ。
「なんか、思い当たることがあるのか?」
「んー。いや、まだ憶測でしかないから言うのはやめておく」
ツバキは少し険しい顔をして、それ以上は口を噤んでしまった。
……なにか気になるな。
「ツバキ、トビー。いいところにいた。少しギルド長室へきてくれ」
タイミングが良いのか悪いのか、噂の主であるギデオンさんにそう呼ばれた。
ギルド長室での話というのは、レオンハードさんが西都市から東都市へ向かう道中で、変異種モンスターを討伐したという報告だった。
どうやら、ツバキ不在時のフォローとして駆けつけてくれていたらしい。事後処理などで報告に遅れが生じたようだ。
「あの堅物も律儀だな。レオンハードに借りが一つ出来たぞ」
ツバキが少し嬉しそうに、頼もしい友人の活躍を称える。
そして、レオンハードさんからは変異種の不審な点についても報告が上げられていた。
相手は組織ではなく個人の可能性が高いこと。
そして変異種は外からではなく、『内部』――すなわち中央都市の方から送り込まれている可能性があるということだ。
「ギデオンさん、たしか中央都市はモンスター被害がゼロなんですよね?」
「その通りだ。モンスターの脅威が一切届かない絶対安全な都市だからこそ、王族や貴族が住んでいるのだからな」
続いている変異種騒動の全貌が、まったく見えない。黒幕がいるなら、一体なにが狙いんだ?
一通りの情報共有が終わり、ギルド長室を出る前、ツバキがふと足を止め、ギデオンさんに声をかけた。
「なぁ、ギデオン。……なにか困ってることとかないか?」
ギデオンさんは、何をきかれているか分からないといった風に答えた。
「困っていること? ふむ、腰痛が最近ますます辛くなってはいるが……」
「……そうか。あんまり、一人で無理しないようにな」
ツバキは心配そうな様子でギデオンさんにそう告げた。
ツバキ絡みで、ギデオンさんの心を削るような何かが起きているのだろうか?
「失礼します!! 緊急案件です!!」
その時、バンッ! と扉が勢いよく開き、クロエがノックもそこそこに部屋へ飛び込んできた。
「クロエ!? どうした?」
ギデオンさんも、普段の冷静な彼女なら考えられないような行動に目を見開いている。
クロエは息を切らし、蒼白な顔で叫んだ。
「北都市より、緊急の救援要請が出ております! 多数の変異種モンスターの強襲により――陥落寸前とのことです!!」
今までの変異種騒動とは桁が違う。
都市そのものを飲み込むほどの巨大な脅威が迫ってきていた。




