都市壊滅の脅迫
翌日、ギルドへ向かうと、ツバキがロビーで俺を待っていた。
「おっさん、ちょっとエンジュに用があるんだ。付き合ってくれないか?」
ツバキの方からこんな改まった頼み事をしてくるのは珍しい。
それに、なんだか昨日の今日で、あいつの纏う空気が少し変わった気がした。
迷いが晴れたような、すっきりと研ぎ澄まされた顔をしている。
ギルド長室に向かうと、中ではエンジュさんとギデオンさんが話をしていた。
「おう、ツバキじゃないか! 私に何か用か?」
入室した俺たちに気づき、エンジュさんが朗らかに話しかけてくる。
「エンジュには、直接言っておいた方がいいと思ってな……」
ツバキがそう区切ると、エンジュさんを真っ直ぐに見据え、静かに、だが確かな熱を込めて宣言した。
「アタシは、Sランクを目指すよ」
途端。
部屋の空気が、まるで何倍もの重力を持ったかのようにドシッと重くなった。
「……心境の変化か? どうしたんだ?」
先ほどと変わらぬ声色で続けるエンジュさんだが、そこには明確な『殺意』が満ちていた。
昨日道端で感じたような微かな滲みではない。
部屋の酸素が奪われたかと錯覚するほどの濃密なプレッシャーが、俺の息を詰まらせる。
「アタシが最強のバケモノだと証明する為に」
だが、ツバキはその殺意に一切たじろぐことなく、堂々とそう言い放った。
エンジュさんはツバキのことを、しばらくの間射抜くような視線で見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……そうか。本気なんだな」
パンッ! と、エンジュさんが軽く手を叩く。
すると、先ほどまでの重苦しい殺意が、嘘のように霧散した。
「悪いな! 少し試させてもらった! ツバキならSランクも夢じゃない! 先輩として応援している!」
そして、豪快な笑顔を見せて笑うエンジュさん。
「改めて、よろしく頼むぞ」
ツバキも歩み寄り、右手を差し出して握手を求める。
エンジュさんもそれに応えて手を握り合ったが――レオンハードさんと交わした『絆を結ぶための握手』とは全く違った。
まるでツバキが真正面からエンジュさんへ挑戦状を叩きつけているような、ヒリつく姿に見えた。
――ギデオン視点――
ツバキの口から飛び出した「Sランク挑戦」の宣言には驚かされたが、同時に深く安堵もしていた。
最近、目標を見失っていた彼女に、何か確固たる目指すべきものが出来たのだろう。
ツバキとトビーが去った後のギルド長室の扉を見つめながら、私は娘の成長を喜ぶような気持ちでそんな風に考えていた。
「ギデオン。お前はまだ、推薦状をツバキに発行してないらしいな?」
静寂を破り、エンジュが唐突にそんな話を切り出してきた。
「ええ。ツバキには、ただ強いだけじゃない社会性も身につけて欲しいと思ってましてね」
今のツバキは、すっかり東都市の看板冒険者として街に馴染んでいる。
あとは推薦状を発行するタイミングを計るだけだと思っていた。
「よし。――そのまま、発行するな」
「……え?」
私は聞き間違いかと思い、思わず耳を疑った。
Sランク冒険者という雲の上の存在が、一介のギルドに直接干渉してくるなど聞いたことがない。
「ツバキの強さは本物だ。本気でやり合えば私が勝つだろうが……万が一ということもある。この世界の物理最強の座は、私一人でいいだろ?」
エンジュが、酷く冷たい目で私を見下ろしている。
あのSランクの見立てでも、ツバキはそれほどの強さまで到達しているということか……。
だが、だからといって己の保身のために新芽を摘むような真似は。
「冗談はやめてください。ギルド長として、正当な理由もなく推薦状の発行を止めるなんて……」
私が反論しかけた、その瞬間だった。
「発行したら、私の手でこの東都市を壊滅させる」
エンジュは、まるで明日の天気を語るような、なんの感情もこもらない声でこともなげにそう告げた。
本気だ……。
エンジュは、本気でツバキの昇格を邪魔するつもりだし、私が従わないなら、本当に東都市を火の海にする気なのだ。
Sランクの武力なら、都市を一つ地図から消すことなど容易い。
「簡単な話だろ? お前が一番『守りたいもの』はなんだ? よく考えろ」
そう言い残し、エンジュは背を向けて悠然と部屋を出て行った。
扉が閉まる。
静まり返った部屋の中で、私は一人立ち尽くしていた。
ツバキの輝かしい未来か、それともこの東都市に住む何万人もの命か。
選ぶことのできない、答えの出ない究極の問いが、私の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回すだけであった。




