呼ばれない特別
ツバキが療養から戻ってきてからというもの、彼女は以前にも増して東都市の住民たちと積極的に交流するようになっていた。
やっぱり、一番大きな変化はツバキが『人の名前』を意識して呼ぶようになったことだろう。
周囲のツバキへの接し方も、一段と柔らかく、温かいものに変わっていった。
最近では臨時パーティの応援要請にも積極的に応じているらしく、彼女は名実ともに東都市を代表する冒険者になりつつある。
そんな大出世を遂げているツバキなのだが、なぜだか俺とのパーティだけは、今も頑なに継続してくれている。
「おっさん、今日はどこに向かって歩いてるんだ?」
並んで街道を歩きながら、ツバキが退屈そうに尋ねてくる。
……そう。なぜだか俺のことだけは、今になっても名前で呼んでくれない。
さすがに付き合いも長くなってきたんだし、そろそろ俺のことも名前で呼んでくれてもよくないか? と前に聞いてみたのだが、その時は顔を真っ赤にしてはぐらかされ、挙句の果てに逃げられてしまった。
ツバキが何を考えているのかは、正直よくわからない。けれど、こうして隣を歩く相棒として認められている内は、俺も全力で頑張らないとな。
「鍛冶屋街でちょっとした情報収集だな。新人とベテラン、双方の冒険者の困りごとを同時に解消できないかと思ってさ」
「困りごと?」
ツバキが小首を傾げ、不思議そうにこちらを見上げてくる。
「新人はとにかく装備を買う金がない。逆にベテランは、使わなくなった古い装備の処理に頭を悩ませてるんだよ」
「ふーん。使わなくなったなら、店に売ればいいんじゃないか?」
ツバキの指摘はもっともだし、俺も最初はそう考えていた。
「それがさ、聞いて回るとそう簡単でもないらしいんだ。新品や高価な装備ならともかく、使い古して価値があまりつかないものは、店でも買い取りや引き取りが難しいらしくてな。かと言って、新人にそのまま譲ろうとしても、手入れのされてない使い物にならない装備じゃ、さすがに受け取ってもらえない」
俺が譲り受けたダルタンさんの盾は、元が高価な上に、ダルタンさんがきっちり手入れを続けていたものだ。あんな良い状態で装備を譲ってもらえるのはレアケースなのである。
現状、ベテランの倉庫で腐らせている「使い古しの装備」は、見方を変えれば貴重な素材の塊だ。
これらを回収するルートを確立し、鍛冶師たちに打ち直してもらうことで、新人向けの安価で丈夫な『入門武器』として還元できないか――それが、俺の思いついた案だった。
「というわけだから、今日はクエストでもないし、ただの地道な聞き込みだ。ツバキは街で自由にしていて大丈夫だぞ」
そう言って笑いかけると、ツバキはぷいっとそっぽを向きながら、歩調を早めて俺の斜め前を歩き出した。
「おっさんのやりたいこと、なんか面白そうだから付いていく」
口元を少し尖らせながらも、歩幅を俺に合わせてくれるのであった。
◆◆◆
そうしてやってきた鍛冶屋街。
けたたましい鉄槌の音が響く中、何軒かの馴染みの鍛冶屋を回って話を聞いたのだが――現実はそう甘くはなかった。
「何度も魔物の血を吸い、激しい衝撃を受けて劣化しちまった金属はな、一度溶かして打ち直しても武器としての強度が保てねぇんだ」
職人のおやじさんにそう諭され、俺の案はあっさりと頓挫してしまった。
だが、一つだけ大きな収穫があった。
「武具にするのは無理だが、家庭用品なら問題なく作り直せると思うぞ。まぁ、金属の種類ごとにきっちり分別して回収されてりゃあ、の話だがな」
なるほど、分別回収という新しい仕組みと手間は必要になる。けれど、ベテランが持て余している不用品が、形を変えて街の誰かの生活を支える日用品になるのなら、それは十分に価値があるはずだ。
「おっさん、……残念だったな」
鍛冶屋の軒先から離れた通りで、ツバキが俺の顔をご機嫌伺いするように覗き込んできた。
彼女なりに、俺が落ち込んでいるのではないかと心配し、言葉を選んで励まそうとしてくれているのが伝わってくる。
「はは、ありがとな。でもさ、当初の目論見通りにはならなかったけど、これはこれで新しい仕事の種になるかもしれないだろ? 分別回収の仕組みからボチボチ頑張ってみるよ」
俺が笑って頭を掻くと、ツバキはどこかホッとしたように「そっか」と小さく呟いた。
ツバキのように、派手に成果を上げることは、俺には逆立ちしたってできない。
けれど、俺には俺のやり方がある。遠回りでも地道でも、この街の誰かの役に立てるように、着実に成果を出していかなきゃな。
隣を歩く最強の相棒を見ながら、そう思うのだった。




