表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の狂犬は、万年Eランクにしか懐かない  作者: 揚げ太郎
【第6章】 ただいまと言える場所
64/85

温もりある場所

 村中を駆け回ったが、ツバキを見つけることはできなかった。

 気が気じゃないまま、一度宿屋へと戻る。

 すると――宿屋のロビーに、小さな丸椅子にちょこんと座っているツバキの姿があった。

「ツバキ! お前、戻ってきてたのか……っ!」

 俺が息を切らして駆け寄ると、ツバキはバツの悪そうな顔で立ち上がった。

「……おっさん。心配かけて悪かったな。ピノンが迎えに来てくれて、連れて帰って貰ってたんだ」

「ピノンが? ……そうか。無事で何よりだ、本当に……っ」

 怪我も何事もなくてよかったと、俺は心の底から安堵の息を吐き出す。

 するとツバキが、どこか気まずそうな、けれどしっかりとした上目遣いで俺を見上げてきた。

「おっさん。昨日は、せっかくの家族の食事会をアタシがぶち壊しちゃって、本当にごめん。……もしよければ、明日、もう一回おっさんの家に行って謝りにいきたいんだけど……」

「えっ……?」

 俺は思わず言葉に詰まった。

 今のツバキに、精神的な刺激を与えてしまうのではないか。この村での療養中は、無理をさせず宿屋でノンビリしてもらおう。

「いや、気にす――」

「いいわよ! 明日、実家での食事会を仕切り直しましょう!」

 俺が止めるよりも早く、奥から顔を出したピノンが満面の笑みで即答した。

「おい、ピノン!」

「もうきっと大丈夫よ。ね? ツバキちゃん」

 ピノンが優しく微笑みかけると、ツバキも小さく、けれど迷いのない動作でコクコクと頷いた。

「まぁ……ツバキ本人が大丈夫だと言うなら構わないが……」

「おっさん、ピノン、明日もお世話になるぞ」

 そう言ってペコリと一礼をした後、ツバキは自分の部屋へ戻っていった。

 ……ん?

「あれ? あいつ、今……普通に『ピノン』って名前を呼んだか?」

 ツバキが名前を覚えるのは、『強い戦士』だと認めた相手だけだったはずだ。まぁ、ニナは例外的に覚えていたみたいだったが……ピノンも、その枠に入ったというのか?

「おい。なんか二人であったのか?」

 俺が不思議に思って尋ねるが、ピノンは「ふふっ、秘密よ」と悪戯っぽく笑うだけで、結局何も教えてはくれなかった。

 翌日の実家での夕食は、前日とは打って変わって、ツバキもよく喋り、よく食べるようになっていた。

 その日を境に、ツバキの刺々しかった雰囲気は驚くほど丸くなり、滞在期間中の晩御飯は、毎日俺の実家で家族と一緒に摂るようになった。

「毎日毎日、変わり映えのしない塩漬け肉と野菜スープばっかりで、よく飽きないな」

 俺がそう尋ねると、ツバキは嬉しそうにニコリと笑った。

「……アタシは、この味が好きになったんだ」

 こうして、俺の故郷での一週間の療養期間を終え、ツバキと共に、俺たちは東都市への帰路に就くのであった。


  ◆◆◆


 一週間の療養を終えて東都市へ帰る馬車の中で、ツバキはずっと膝の上で拳を握りしめ、顔を強張らせていた。

 無理もない。「可愛がっていた妹分を斬り殺した」という噂が広まりかけていたのだ。街でどんな冷たい視線を向けられるか、緊張するなという方が無理な話だろう。

 しかし――。

 街の門をくぐり、大通りを歩き始めると、すれ違う街の人々の反応は予想とは全く違っていた。

「あ、ツバキちゃん! 今回の騒動は本当に大変だったわね。なにか困ったことがあったらいつでも言うのよ!」

「元気出せ……って言っても無理な話だよな。いつでもまたウチに飯食いに来い。いっぱいオマケしてやるからな」

 向けられるのは、冷ややかな視線どころか、ツバキを労り同情する温かい声ばかりだった。

 どうやら、俺たちが東都市を離れている間に、広まりかけていた噂とは全く違う話が定着しているらしい。

 ギルドに足を踏み入れると、今度は冒険者たちがこぞってツバキの前にやってきて、深く頭を下げてきた。

「ツバキ……本当にすまなかった。いつもお前に助けて貰ってばかりなのに、あの時は配慮に欠けていた」

「アタシは別に……というか、一体どういう状況なんだ?」

 突然の謝罪の嵐に理解が追いつかず、ツバキが忙しなく視線をグルグルさせている。

 俺は事情を知ってそうな冒険者の一人を捕まえて、話を聞いてみた。

 どうやら、ルミオン・ギルド長の指示により、街の噂は『ツバキが可愛がっていた少女を斬った』から、『人に擬態する凶悪なモンスターに妹分を殺され、その仇討ちをツバキが一人で果たした』という話にすり替わっているらしい。

 「それに……」と、その冒険者はバツの悪そうな顔で続ける。

「俺たちがツバキへの対応に戸惑ってたら、クロエにこっぴどく言われてな。『いつもツバキに泥を被ってもらってるくせに、お前ら大人は影で悪評を流すだけか!』って激昂されたんだよ。……俺たち、本当に情けないことをしていた。申し訳ない」

 それを聞き、俺は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 当のクロエは不在にしているようだが、戻ってきたらきちんとお礼を言わなければな。

   ◆◆◆

 ギルド長室の扉を開けると、そこには執務机に座るギデオンさんと、来客用のソファで優雅に微笑むルミオン・ギルド長が待っていた。

「おかえり、トビー君、ツバキ君。どうだい? ツバキ君への心無い噂は、私がしっかりと対応しておいたよ」

 ルミオン・ギルド長が、得意げに扇子を広げる。

「本当に助かりました。……しかし、あんな嘘の情報を流してしまって、後で問題になったりしないんですか?」

 俺が尋ねると、ルミオン・ギルド長は「嘘?」と首を僅かに傾けた。

「大衆と共有すべき真実は、『人に擬態するモンスターが潜入していた』ことと、『それは既に討伐済みである』という二点だけだ。それ以外の細かい齟齬なんて、平和を守るためには些細なことだよ。それにね……」

 そう言ってのけたルミオン・ギルド長は、パチンと扇子を閉じ、ギデオンさんの方へと視線を向けた。

「……ニナの墓参りが、堂々と出来る形がいいだろうと思ってな」

 ギデオンさんが、腕を組みながら静かに口を開いた。

「被害者ということであれば、ツバキが街の池のほとりで手を合わせていても、誰も変には思わないだろう」

「ギデオンさん……」

 ギデオンさんの、あまりにも深い優しさと度量に、俺は思わず目頭が熱くなった。

 真実を隠すことで、ニナは街の人々にとって『可哀想な少女』のままでいられるし、ツバキも心置きなく彼女を弔うことができるのだ。

「ツバキ君は、こういう小狡いやり方は好かないだろうがね。我々両ギルド長が勝手にやったこととして、割り切ってくれるかい?」

 ルミオン・ギルド長が、少しだけ申し訳なさそうにツバキに問いかける。

 するとツバキは、ゆっくりと首を横に振り、真っ直ぐに二人を見つめ返した。

「ううん。……きっと、アタシも望んだやり方だと思う。ありがとう――ギデオン、ルミオン」

 一切の照れもなく、ツバキがそうはっきりと感謝と共に『名前』を口にした瞬間。

 東と南のトップである二人は、示し合わせたようにピタリと動きを止め、目を丸くして完全に面食らった顔をするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ