答え合わせは、あの世で
――ツバキ視点――
「落ち着くまで、少しだけお話をしましょうか。ツバキちゃんと私の共通の話題というと……ふふっ、やっぱり兄さんのことかしらね!」
一人にしてほしい。あまり話をする気分でもない。
……けれど、トビーにこれ以上心配をかけたくないという気持ちもある。それに、トビーの話には少しだけ興味があった。
「兄さんが、どうして才能もないのに冒険者を目指したのか……そのキッカケとかがいいかしら?」
トビーの妹は、「よくある、ありきたりな話なんだけどね」と前置きして、ゆっくりと語り始めた。
「昔、この村に本物の冒険者の人たちが来たことがあってね。まぁ、ただの荷物運びの仕事で寄ってくれただけなんだけど。その姿が凄くカッコよく見えたみたいで、兄さんは仲の良かった友だちと一緒に『俺たちも冒険者になるんだ!』って急に言い始めたのよ」
確かに、どこの田舎でもよく聞くような話だなと、アタシも思う。
「その友だちの男の子は、すごく運動神経が良くてね。チャンバラごっこをしても、兄さんはいつもボロ負けだったわ。だから、センスのない兄さんに冒険者は絶対に無理だって、両親も呆れて止めてたの」
その辺のどんくささは、いかにも昔からトビーらしいなと思う。
「その友だちはね、『冒険者はすごく稼げるらしいから、俺がいっぱい稼いで、この貧しい村を豊かにするんだ』って、目をキラキラさせて息巻いてたわ。……でもね。その友だちが、夢を叶えることはなかった」
トビーの妹は少しだけ目を伏せ、寂しそうに笑った。
「この村を出発する前に、重い流行病にかかって……そのまま、あっけなく死んじゃったの」
突然の死別……。
今のアタシには、それがどれほど辛く悲しい出来事なのか、少し分かる気がする。
「……そしたら、兄さんがね。『あいつの夢も一緒に連れて、俺が冒険者になる』って、急に言い出して。猛反対する両親を押し切って、本当に一人で旅立っちゃったのよ」
才能が全くないと分かっていながら、死んだ人の夢を背負って、一人で。
「……おっさんは、よく分からないところでいつも頑固だな」
アタシは思わず、呆れたような、でもどこか安堵したような感想を口に出してしまった。
「ふふっ。そうね。……でも、そこが兄さんのいいところだわ。人の為に頑張れる人だから」
そう言って、トビーの妹は、静かにアタシの方へと顔を向けた。
「そしてね……たとえどれだけ辛くて悲しい別れがあっても、決して『出会わなければよかった』なんて……大切な人のせいにしない人だわ」
アタシを見つめる彼女の真っ直ぐな瞳は、まるで、アタシの心の中の『後悔』をすべて見透かしているかのように、どこまでも澄んでいる。
トビーの妹の、その真っ直ぐな言葉に、アタシは思わずたじろいだ。
「別に……アタシは、人のせいにしてる訳じゃないぞ……」
自分でも情けないほど、言い訳のように呟いてしまう。
「そうなのね。でも『出会わなければよかった』なんて、そんな悲しいことを願わないで。きっと『よかったこと』も多くあったはずよ」
よかったこと……。
東都市での日々が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
アタシを心配してくれる人がいた。
一緒に甘味を食べてくれる人がいた。
いろいろと面倒を見てくれる人がいた。
認め合える戦士がいた。
アタシを頼ってくれる人がいた。
アタシを姉と慕ってくれる……。
……でも。
「ニナの最期は……アタシへの恨み言だったぞ」
アタシは、腕に付けたままの『お揃いのブレスレット』を擦りながら俯いた。
「それでも……その子と出会えたからよかったと、ツバキちゃんが思えることがきっとあるし、これからも増やしていけると思うわ。そうなったら、その子もきっと嬉しいんじゃないかしら」
「嬉しい? 冗談だろ。あいつは人を騙すモンスターだぞ」
アタシは呆れたように鼻を鳴らす。
「分からないじゃない。本当はモンスターだって、誰かと温かい時間を過ごしたいって、心のどこかでは願っていたのかもしれないわ。……答え合わせは、あの世に行って本人に聞いてみてからでもいいんじゃない?」
あまりにもぶっ飛んだ、けれどカラッとしたその言い方に、アタシは思わずあっけにとられてしまった。
ニナもアタシと過ごす時間を願っていたかも……か。
そうだったらいいな。自然とそう思えた。
「……ありがとう、ピノン。ちょっと、元気でた」
「あら!」
トビーの妹――ピノンは、目を丸くしてパァッと顔を輝かせた。
「ふふっ! やっと私の名前を呼んでくれるようになったのね!」
自分で呼んでおきながら、アタシ自身、なんだかおかしいなと頭を掻く。
「……アタシは、強い戦士の名前しか覚えないはずなんだけどな。最近は、なんか勝手に覚えちゃう奴もいるんだ」
「きっと、強い弱いだけじゃなくなってるんだわ。ツバキちゃんの、人を見る目がね」
ピノンは優しい笑顔を向けると、「さ! そろそろ帰りましょう」と言って、立ち上がった。
そして、冷え切ったアタシの手を、ぎゅっと握って歩き出す。
じんわりと伝わってくるその体温に、不思議と……心の底にこびりついていた泥のように暗い気持ちが、少しだけ晴れていた。




