嘘つきな涙
――ツバキ視点――
咄嗟にトビーの実家を飛び出し、夜の闇の中を夢中で駆け抜けていたら、いつの間にか村を一望できる小高い丘の上まで来てしまっていた。
アタシは荒い息を吐きながら、少しでも気持ちを落ち着かせようと冷たい土の上に座り込む。
トビーが、アタシを気にかけてこの村に連れてきてくれたのはよく分かっている。
でも、この泥のように重く暗い感情は、今の自分では到底コントロールできそうにない。
……ニナになんて、会わなければよかった。
そう思い始めると、今度はトビーや、東都市の皆にだって、会わなければよかったとすら感じてしまう。
一人で故郷を追い出された頃は、『バケモノ』扱いされて避けられることなんて平気だったはずなんだ。
それなのに、今は……誰かに冷ややかな目を向けられることが、堪らなく辛くて苦しい。
アタシは、弱くなってしまったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、背後の草むらが揺れ、人の気配を感じた。
「……誰だ?」
警戒して振り返ると、そこにはトビーの妹が立っていた。
「ここに居たのね」
「……」
「落ち込んだ時、私も昔からここによく来たから。もしかしてツバキちゃんもいるかなって」
どうやら、偶然見つけられたらしい。
「さぁ、宿まで帰りましょう。兄さんもすごく心配して、村中を探し回ってるわ」
……今はとにかく、一人でいたい。
アタシが返事をせず無言で俯いていると、トビーの妹が申し訳なさそうに謝ってきた。
「さっきは、ごめんなさいね。ツバキちゃんの事情も知らなかったとは言え、配慮に欠けたことを言ってしまって」
アタシの事情……? トビーから、どこまで聞いてるんだろう。
「……どこまで聞いたんだ?」
「大切な人と、お別れしたばかりだって……」
大切な人? ニナが?
冗談じゃない。あいつはただのモンスターだ。アタシを騙して、ギルドを吹き飛ばそうとした敵だ。
「……大切な人なんかじゃない」
「……そうなのね。でも、すごくショックだったんでしょ。今日はもう戻って、ゆっくり休んで」
ショック? そんなことはない。
ただ、少し可愛がってやっていた奴の正体がモンスターで、ムカついているだけだ。
「アタシは、傷ついてなんかいない」
呑気な同情を向けてくるこの女に、アタシはわざと真実を突きつけてやる。
「おっさんからどう聞いてるか知らないけど、そいつは人に擬態したモンスターだったんだ。だから、アタシがこの手で殺した」
どうだ。これでお前も、アタシを恐れて冷ややかな目で見るんだろう。
……別に、平気だ。
「アタシは心のない『バケモノ』だからな。妹みたいにすり寄ってこられても、敵だと分かれば、普通に首を刎ねて討伐ができるんだ」
そうだ。アタシはどんな相手だって、顔色一つ変えずに平気で斬れるんだ。
「……ウソつき」
冷たく突き放すように言い放ったアタシに、トビーの妹は悲しそうに目を細めて指摘した。
「え……?」
「心がないって言いながら……さっきからツバキちゃん、ずっと涙を流してるじゃない」
言われて初めて、自分の視界がぐにゃりと歪んでいることに気がついた。ぼろぼろと溢れた涙が、アタシの膝に次々と落ちていく。
トビーの妹は、アタシを怖がるどころかゆっくりと歩み寄ると、冷え切ったアタシの頬に、そっと温かいハンカチをあててくる。
その時になって初めて、自分が泣いていることに気がついた。
……やっぱり、アタシは弱くなってる。
そう自覚した瞬間、自分の中のドロドロとした感情を、もう口に出さずにはいられなかった。
「くそっ……! アタシは、弱くなってる……っ! 東都市になんか来なければよかった……! トビーや、ニナ、ギルドの連中なんて、会わなければよかった……! ……居場所なんて、求めなければよかった……っ!!」
誰かを大切に思わなければ、こんなに胸が痛くなることもなかったのに。
溢れ出る涙を隠すように、アタシは両手で必死に目元を拭った。一人で故郷を追放されたあの日だって、アタシはこんな風に泣いたりなんかしなかったんだ……!
「……少し落ち着いてから戻りましょうね。そんなに泣き腫らした顔で帰ったら、ウチの兄さんがもっと心配して倒れちゃうわ」
トビーの妹はそう言って優しく微笑むと、アタシのすぐ横に、ポスリと腰を下ろすのであった。




