温もりという息苦しさ
――ツバキ視点――
アタシは宿屋の部屋に荷物を置き、重い息を一つ吐き出してから、待ち合わせ場所である入口へと向かった。
「お! 早かったな」
「それじゃあ、向かいましょうか」
すでにトビーと、トビーの妹が待っており、アタシたちはそのままトビーの実家へ向かうこととなった。
道中、トビーと妹は昔の思い出話に花を咲かせ、とても楽しそうに笑い合っている。
……トビーは、アタシと違って『帰る居場所』がある人間だったんだ。
なぜだか分からないが、アタシはその当たり前すぎる事実に、ひどくショックを受けていた。
アタシにも故郷に兄がいたが、あんな風に笑い合って他愛のない話をした記憶なんて、ただの一度もない。
他の家族だってそうだ。
父も母も、強すぎたアタシを気味悪がり、いつも腫れ物に触るように、いない者として扱っていた。
『武者修行』という名の事実上の追放を言い渡されたあの日だって……アタシは愚かにも、家族に褒めて貰える呼び出しだと思っていたのだ。
皆、アタシから離れていく。
アタシを慕ってくれたニナだって。
『ツバキ姉には……心が……ないんだね……』
ふいに、ニナの首が落ちた時の、あの呪いの声が耳の奥で響いた。
……アタシには心がないから。ただ刀を振るうしか能がない『バケモノ』だから、いつも一人ぼっちになるんだろうか。
トビーの実家までの短い道中、アタシは泥のように重く冷たい思考を、ずっと一人で抱え込み続けていた。
トビーの実家に着くと、優しそうなトビーの父と母が温かく出迎えてくれた。
湯気を立てる温かい料理が並び、夕食を囲む空気はひどく温かい。
でも、その温もりが、アタシにとっては息苦しくて仕方がなかった。
自分だけが、この温かな場所にいるべきではない『異物』のような気がして、居座れば居座るほど辛い気持ちが胸を締め付けていく。
「……ちょっと、馬車に揺られて疲れた。悪いけど、アタシはもう宿屋に戻るぞ」
これ以上ここにいるのは辛い。
逃げるように立ち上がったアタシを、トビーの妹が引き留める。
「えーっ、そんなぁ。ツバキちゃん、もうちょっとゆっくりしていけばいいじゃない」
「いや、でも……」
「ツバキちゃんみたいな可愛い子が来てくれて嬉しいのよ。なんだか、『妹』ができたみたいで!」
――ドンッ、と。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
『ツバキ姉! 今日も護衛ありがとう!』
脳裏に、満面の笑みでブレスレットを差し出してくる、あの少女の顔が鮮明にフラッシュバックする。
「うるさいっっっっっ!!!」
自分でも驚くような悲痛な絶叫が、アタシの喉から弾け飛んでいた。
アタシの怒声は、温かな家族の団欒を無残に斬り裂いていた。
やっぱりアタシは、心のないバケモノなんだ。
◆◆◆
――トビー視点――
「うるさいっっっっっ!!!」
突然の悲鳴のような絶叫に、俺の家族は言葉を失い、温かかった食卓の空気は一瞬にして凍りついてしまった。
しまった……っ。
少しでもツバキの療養になればと実家の夕食に誘ったが……完全に裏目に出てしまった。
「ツバキちゃん……?」
何が起きたのか分からず、ピノンが戸惑いながらも心配そうに声をかける。
その声にはっと我に返ったツバキは、自分のしでかした事に気付いたのか、サァッと血の気を引かせた。
「あ……っ、その……アタシ、違う……ごめんっ!」
深く傷ついた子供のような顔で短く謝絶すると、ツバキは椅子を蹴り倒すような勢いで立ち上がり、そのまま家から駆け出して行ってしまった。
「ちょっと、私……初対面なのに馴れ馴れしくしすぎたのかしら……?」
嵐のように去っていったツバキの背中を見つめ、ピノンがひどく気に病んだ様子で俯く。
「いや、違うんだ。お前は悪くない」
俺は慌てて、家族に向けてザックリとした事情を説明した。
「実は最近、あいつが実の妹のように可愛がっていた娘と死別したばかりでな……。そのショックで、今はちょっとナーバスになってるんだ。悪い、せっかくの夕飯だったのに」
「そんな……そうだったのね。ごめんなさい、私そんなことも知らずに無神経なことを」
「だから、ピノンは気にするな。……たぶん宿屋に戻ったと思うから、ちょっと様子を見てくるよ」
「私も行くわ」
俺とピノンは急いで身支度をして宿屋に向かった。だが、宿を留守番していたピノンの夫に確認しても、ツバキはまだ戻ってきていないという。
「どこに行ったんだ……。ちょっと俺、村の周辺を探してくる」
「兄さん! 外は真っ暗よ!?」
「土地勘のないあいつを、このまま一人にしておけないからな」
ピノンの制止を振り切り、俺は松明を片手に、夜の闇に沈む村の周辺を走り回った。
いつもなら、あの規格外の強さを持つツバキが野盗やモンスターに襲われて危険な目に遭うことなんて、全く想像もつかない。心配するだけ無駄だ。
だが……今は、物理的な危険じゃない。あいつの精神的な状態が心配なのだ。
どこだ!? どこなんだ、ツバキ……っ!
冷たい夜風を切って走りながら、無我夢中で村中を探し回るのであった。




