不器用な護衛依頼
ツバキに俺の帰郷の『護衛依頼』をするべく、俺はツバキの家へと赴いた。
「ツバキー。少しお前に頼みたいことがあるんだ。話せないか?」
玄関から声をかけるが、すぐには返事はなく、しばらく間があってから、ノソノソと重い足取りでツバキが顔を出してくれた。
「……おっさん、なんだ? 悪いけど、もう少し休ませて欲しいぞ」
数日ぶりに会った彼女は、少し頬がこけていた。目の下にはうっすらと隈もできている。
恐らく、あの日から食事も碌に喉を通っていないのだろう。
「すまんな。実は、俺の故郷に急遽戻らなくてはならない用事が出来てな」
俺がそう切り出すと、ツバキは「え……?」と、不安そうに瞳を揺らした。
「それでな。道中の護衛を、ツバキにお願いしたいんだよ」
「……」
ツバキは無言で俯き、考え込んでいる。
今の精神状態では、あまり外には出たくないのかもしれない。
「村に着いたら、俺が帰る時までずっとノンビリしてもらって構わない。少し息抜きも兼ねてどうだ? なにもないド田舎だけど、静かで落ち着くというか! あ、野菜はうまいぞ!」
断られるのではないかと焦った俺は、つい早口で捲し立ててしまった。
そんな俺の必死さを見たツバキは、ふっと少しだけ肩の力を抜いたような表情になった。
「……わかった。護衛してやる。出発はいつだ?」
「本当か? ありがとうな。明日の早朝なんだが、いけそうか?」
大衆の目につきにくい、人が少ない時間帯に出発をした方がいいだろう。
「構わないぞ。それじゃあ、準備しておく」
「ああ、頼むな」
俺が踵を返して玄関から去ろうとした時、背中越しに「……ありがとう」と小さく呟く声が聞こえた気がした。
逆に気を遣わせてしまったか。あいつはなんだかんだ、こういう時の勘がいい。
ツバキの家からそのままギルドに寄り、ギデオンさんとルミオン・ギルド長へ、ツバキを連れて俺の故郷へ帰ることを報告した。
どうやら、帰郷は一週間程で戻ってきたらいいらしい。
報告も終わり、明日の準備をしなければと帰宅しようとしたところ、クロエに呼び止められた。
「トビー。……ツバキは、どんな様子?」
「すっかり意気消沈してるよ。あまり食事も摂れていないみたいだ」
「……そう。トビー、あの子のこと、本当にお願いね」
クロエも出会った当初はツバキと険悪だったが、いまではすっかり彼女のことが心配でしょうがない様子だ。
街には悪意のある噂を流す奴もいるが、純粋にツバキを心配しているクロエのような人たちだってたくさんいる。
ツバキも、そういう温かいものが気がついてくれるといいんだけどな……。
◆◆◆
翌朝。ツバキと馬車の乗り合い所で合流し、俺たちはそのまま故郷の村へと向かった。
俺の故郷の村は、東都市から馬車で二~三時間程揺られた場所にある。
これといった名産もない辺境だが、塩漬けの加工をやっている人間が多い、静かな村だ。
道中、ツバキは馬車の窓から外を眺めていたが、その横顔はどこか虚ろだった。
村へ到着した俺たちは、まずツバキが宿泊するための、村で一つしかない宿屋へと向かった。
こんな田舎村で宿屋を利用する客なんているのか? と昔は思っていたが、更に東の地より王都へ向かう行商人などが、中継地点としてよく利用するらしい。
カラン、と古びたベルの音を鳴らして宿屋に入る。
「すまない。宿泊を一名お願いしたいんだが」
俺が受付に声をかけると、奥からパタパタと足音をさせて女性が出てきた。
「はいはーい! お待たせしまし……あら?」
受付のカウンター越しに俺の顔を見たその女性は、目を丸くしてパチクリと瞬きをした。
「……兄さん?」
俺も目を丸くする。
そこに立っていたのは、俺の妹のピノンだった。
「ピノン? なんでお前が宿屋の受付で働いてるんだ?」
俺が尋ねると、ピノンは呆れたようなジト目で俺を見てきた。
「兄さん……。私、宿屋の息子であるハンジと結婚したって、つい最近東都市のギルド宛てに手紙だしたでしょうよ」
「えっ、ハンジと結婚!? そ、そうだったのか……。す、すまん。最近、ギルドの事業とか色々あって、結構慌ただしくしててな……手紙、読めてなかった。お祝いは、また改めて贈るよ」
俺がしどろもどろに言い訳をすると、ピノンは「まぁ、もとから筆まめな兄さんじゃないし、期待してなかったから大丈夫よ」とあっさりため息をついた。
「……ところで。兄さんの後ろにいる、こっちの可愛らしいお嬢さんは?」
ピノンが、興味津々といった様子で俺の背後に視線を向ける。
見知らぬ人間にジッと見つめられ、ツバキは困ったような視線を向けてきた。
「あぁ、ツバキ。勝手に盛り上がって悪かったな。こいつは俺の妹のピノンだ」
「よろしくね、ツバキちゃん」
ピノンがカウンター越しに親しげに手を振ると、ツバキは少し戸惑いながらも、自己紹介をした。
「……アタシは、ツバキだ。おっさんとパーティを組んでる冒険者だ」
その言葉を聞いた瞬間、ピノンが「ぷっ」と思わずといった具合で吹き出した。
「あははっ! 兄さんも、こんな若い女の子から『おっさん』扱いされる歳になったのね」
「うるさい。お前もその内そうなる」
俺はムスッとしながら、これ以上いじられる前にさっさと宿泊の手続きを進めるようピノンに促した。
「はいはい。じゃあ、ツバキちゃんの部屋の鍵はこれね。ねぇねぇ、ツバキちゃん! よかったら今日の夕飯は、ウチの実家で一緒に食べましょうよ!」
「おい、お前。母さんに言わず勝手にそんなこと決めていいのか? 俺も顔を出すのはこれからだから、向こうは何の準備もしてないと思うぞ」
俺がピノンの唐突な提案を咎めるように言うと、彼女は俺の抗議なんぞ全く聞いていない具合で、能天気に返してきた。
「大丈夫でしょ、家族が一人増えたようなものだし! どうせいつもの塩漬け肉と野菜スープの量が増えるだけだわ」
「家族」という言葉が出た瞬間――ツバキの目が、鋭さを増した気がした。
「ツバキ、どうする? 正直、実家で食べてもここで食べても、飯のレパートリーはどっちもそんなに変わらんが……」
俺がツバキに尋ねると、少し考える素振りを見せた後に「……せっかくだから、参加させてもらうぞ」と返事をしてくれた。
だが、部屋の鍵を受け取ったツバキの横顔は、機嫌が悪いというよりも……どこか、ひどく痛みを堪えているような、強張った沈んだ表情をしているように見えたのが、俺は少し気になっていた。




