南のギルド長からの提案
ニナとの悲劇的な騒動があってから、ツバキはすっかり家に引き籠るようになってしまった。
ギルド内でモンスターが自爆を企てていたという事実は、パニックを防ぐため一部の者にしか共有されていない。
そのため街では、「ツバキが、実の妹のように可愛がっていた露店の少女を突然斬り殺した」などという、尾鰭のついた残酷な噂が薄っすらと広まり始めている。
「ツバキー。……今日の仕事、どうする?」
俺は日課のように彼女の家を訪ね、玄関から声をかけた。
「……おっさん。ごめん。……今日も、休む」
家の奥から、消え入りそうな声が返ってくる。
あの傍若無人で俺を振り回してばかりいたツバキが、弱々しく謝るのだ。
ニナを自らの手で斬ったショックは計り知れないし、街で流れている心ない噂も、少なからず彼女の耳に入り心を削っているのだろう。
今の彼女を無理に外へ連れ出すのも気が引けて、俺は「ゆっくり休めよ」とだけ残し、家を後にした。
◆◆◆
俺は一人、Eランクの指導をしながら日々の仕事をこなす。
俺が立ち上げた『Eランク・クエスト指導』については継続的な需要があるようだ。最近では新顔を見る機会も増えたと感じる。
ツバキのやつも、いろいろと手伝ってくれたもんだと改めて思う。
「トビーさん? 大丈夫ですか?」
そんなことを考えていると、今日パーティを組んで指導していた新人から、不意に顔を覗き込まれるように声をかけられた。
どうやら俺は、作業の手を止めてしばらく呆然としていたらしい。
「あ、すまんすまん。ちょっとぼーっとしてた。さぁ、次のクエストに取り掛かろうか」
気を取り直して指示を出すが、どうにも足取りが重い。
いつも「おっさん!」と騒ぎながら俺の隣を歩いていた、あの無敵でやかましい少女がいないと……なんだか俺まで、ひどく調子が狂ってしまうな。
◆◆◆
「トビー。少し時間いいか?」
夕方、クエストを終えてギルドに戻ると、少し険しい顔をしたギデオンさんに呼び止められた。
ツバキのことかな……?
以前よりギデオンさんに、ツバキのことについて相談をしていたから、その件かと思った。
そう思いながらギルド長室の扉を開けると――そこには、来客用のソファに足を組み、悠然と腰を下ろしている一人の美女がいた。
「トビー君。久しぶりだね」
艶やかな笑みを浮かべてこちらを見つめるその人は――南都市のトップ、ルミオン・ギルド長その人であった。
「……南都市のトップが、どうして東都市のギルドに?」
俺が驚きのあまり入り口で固まっていると、ルミオン・ギルド長は開いた扇子をひらひらと振って見せた。
「そう緊張しないでくれ。詳しい事情は、そこのギデオンから聞いている。……ツバキ君がこのまま潰れてしまっては、彼女を『共同シンボル』として迎えている我が南都市としても、非常に困ったことになるのでね」
ビジネスライクな言い回しだが、だからと言って他都市のトップが自らお忍びで足を運んでくるとは……。
よっぽど、ルミオン・ギルド長もツバキのことを個人的に買ってくれているらしい。
「街に広まりつつある噂の方は、私に任せてくれていい。……ただ、トビー君には別でお願いしたいことがあるんだ」
パチン、と扇子を閉じ、ルミオン・ギルド長は真剣な眼差しで続ける。
「ツバキ君の療養のために、どこか一定期間、彼女を遠くへ連れ出してあげてくれないか?」
「それは構いませんが……」
俺が疑問に思っている理由を察したのか、ルミオン・ギルド長はふっと軽く微笑んだ。
「彼女ほど強烈な存在感と力がある者を、世間は決して放っておかないだろう? 好奇心であれ悪意であれ、周囲は必ず彼女を刺激する。だが……今のツバキ君は、そうした大衆の濁った感情をいなしてやり過ごすには、あまりにも心が『正直』すぎる。まぁ、そこが彼女の最大の魅力でもあるのだけどね」
「……」
確かに、ルミオン・ギルド長の言う通りだ。
今のツバキを街に置いておくのは危険すぎる。
「なので、しばらくギルドや大衆の目から離れて、裏方に回って欲しいんだよ。我が南都市の別荘に来てもらうことも考えたが……あそこでもツバキ君はすっかり有名人になってしまったからね。療養には向くまい。……トビー君、なにかいい案はないかい?」
となると、西都市か、北都市か……。いや、現実的に考えて難しいかと思い直す。
「西都市のレオンハードさん達とは和解していますが、過去のしこりを考えると、今の精神状態のツバキを向かわせるのは酷ですね。北都市は……。それこそ心を休める療養には全く向いていません」
なにか、よい候補の場所はないか。
大衆の目がなく、ツバキがノンビリと過ごせて、かつ俺自身が勝手を知っている安全な場所……。
「……そうだ」
ふと、俺の脳裏にある景色が浮かんだ。
「俺の故郷の村とかはどうでしょうか? 東都市から少し離れた田舎ですし……。それに、『俺の帰郷の護衛を個人的にお願いしたい』という仕事の建前にしてしまえば、今のツバキでも誘いを受けやすいと思います」
「名案だね。君に依頼して正解だったよ」
俺の提案に、ルミオン・ギルド長は満足げに頷くのであった。




