特別だった場所
ニナの首を無慈悲に刎ねたツバキに対し、沈黙していたギルド内で徐々にざわめきが起き始める。
「……おいおい、まじかよ。本当に躊躇なくいきやがったぞ……」
「いくらなんでも、モンスターをギルドのど真ん中まで連れてくるって……」
「あんなに妹みたいに可愛がってたのに、関係なしか……」
事の重大さも、ツバキがどれだけの思いで刀を振るったかも知らない、外野の無責任な冒険者達の言葉に、俺はカッとなった。
怒鳴りつけて黙らせようとした、まさにその時――ツバキの、氷のように冷たく、静かな声が響いた。
「そうだぞ。アタシは……心のない、ただのバケモノだ。お前ら、そんなバケモノに向かって、そんなこと言って大丈夫か?」
その瞳の奥にある、有無を言わせない冷酷な殺気に、ギルド内が再び完全な沈黙に包まれる。
ツバキは押し黙った冒険者達を一瞥すると、しゃがみ込み、ニナだった黒い灰の中から『何か』を拾い上げ……誰の顔も見ることなく、一人でギルドから立ち去ってしまった。
ツバキを探して街を走り回り、昨日ニナが『お気に入りの場所』と言っていた、あの池のほとりへと辿り着く。
そこには、少し大きめの石の前にしゃがみ込み、静かに黙祷を捧げるツバキの小さな背中があった。
「……ここに来てたんだな。それ、ニナの墓か?」
俺がゆっくりと近づきながら問いかけると、ツバキは顔を上げずにポツリと答えた。
「違う。あいつが腕に付けてた、ブレスレットを埋めただけだ」
立ち上がったツバキの小さな手は、泥だらけになっていた。
灰の中から燃え残ったあれを拾い、自分の手で穴を掘って埋めたのだろう。
「アタシも、まだまだ未熟だな。あんなに弱そうだったから……ただのどんくさい人間だと思って、モンスターだと全く気付かなかったぞ!」
ツバキは、参ったと言わんばかりに自虐的な笑い声を上げた。
「全くなんで、あんなにずっと一緒にいて、気が付かないかな……っ!」
笑い飛ばそうとしているのに、ツバキの声はひどく震えていた。
やがて、自分の腕に巻かれたままのブレスレットに気がついたツバキは、それを乱暴に取り外した。
「こんなの、いらないっ……!!」
痛々しい叫びと共に、それを池の方へ投げ捨てようと大きく振りかぶった彼女の細い腕を――俺は、強く掴んで止めた。
「……離せよ、おっさん」
「捨てなくていい。ニナとの思い出は、お前が大切に持っていていいものだ」
掴んだ腕から、ツバキの限界を超えた震えが直に伝わってくる。
「離せ。……斬るぞ」
それは、かつての狂犬とは思えないほど弱々しく、今にも泣き出しそうな声だった。
「お前が斬り捨てようとしても……そのブレスレットを俺は守るよ」
俺の言葉に、ツバキがビクッと肩を揺らし、振り返って俺を見上げた。
虚勢を張っていた彼女の瞳からは、もう隠しきれない大粒の涙が、ボロボロと止めどなく溢れ出していた。
「トビー……っ、トビー……っ」
彼女の口から零れ落ちた俺の名前は、悲痛な響きを帯びていた。
迷子になった子どものように、不安で、悲しみでいっぱいの顔をして俺を見つめている。
「……辛い選択をさせてしまって、本当に悪かった。俺がついていながら、ごめんな」
俺がそう言って、彼女の小さな頭にそっと手を置いた途端――ツバキは俺の胸に縋り付き、「あああぁぁぁっ!」と、堰を切ったように大きな声を上げて泣き崩れた。
いつも圧倒的に敵を討つこの少女が泣くところを、俺は初めて見たのだった。




