無傷なケガ
ニナから手作りのアクセサリーをプレゼントされた、翌日のこと。
俺はツバキと共に、いつも通りニナを迎えに待ち合わせ場所へ向かった。
そこには、昨日までと変わらない様子でニナが待っていた。
……でも。
パッと見はいつも通りなのに、なんだか決定的に様子が違う。
「ねぇ、ツバキ姉! 私、今日はギルドに行きたい!」
「アタシは構わないけど、露店の方はいいのか?」
「うん! ちょっと、ギルドでお願いしたいことがあるんだ!」
そう言って、ニナは迷うことなくギルドへの道を歩き出す。
「ニナ? 今日は妙に口数が少ないな。どこか調子でも悪いのか?」
俺がたまらず背中から声をかけると、彼女はくるりと振り返った。
「いいえ! 元気です! ちょっとだけ緊張しちゃってて!」
いつもの調子で、えへへと可愛らしくはにかむニナ。
気の所為、なのだろうか。
だが、昨日の夕暮れに感じたあの『微かな違和感』が、いま強烈な警鐘となって脳内で鳴り響いている。
なんだか、ひどく嫌な予感がずっと背中にへばりついていた。
こうして東都市のギルドへ到着すると、ニナはおもむろにギルドのロビーの中央に立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
「ねぇ、ツバキ姉? ツバキ姉は……私のこと、大切だと思ってるよね?」
「な、なんだ? 急に」
改まった場所での突然の問いに、ツバキも戸惑っている。
「そ、そりゃ……大切に思ってる、というか……その……」
ツバキが顔を赤らめながらゴニョゴニョと答える。
普段なら微笑ましい光景のはずなのに、俺の肌を撫でる不穏な空気は一向に薄まらない。
「ふふっ、そうだよね! じゃあ、私の応援をしてくれるよね?」
パンッ、と。
ニナは笑顔のまま乾いた音を立てて両手を叩き――ギルド全体に響き渡るよう、よく通る声で高らかに宣言した。
「――私は、意志を持った悪意のモンスター、『ニナ』と申します。今からこのギルドを、粉々に吹き飛ばそうと思います」
「…………え?」
その言葉の意味が理解できず、ツバキがキョトンと呆けた顔をしている。
「……? なに言ってるんだ、お前?」
「私自身に戦闘力はほぼありませんが、私は自爆型のモンスター。主に与えられたこの能力で、見事、任務を遂行してみせます」
一切の感情の起伏を見せず淡々と口上を終えると、ニナはゆっくりとツバキへ微笑みかけた。
「ツバキ姉。私のこと大切なら、邪魔しないで見守ってくれるよね?」
俺たちを見つめるその顔に、今まで見せていた純粋な少女の面影は微塵もなかった。
そこには、感情の抜け落ちた冷酷な笑みを浮かべる、『ひどく異質な何か』が立っていた。
ニナの突拍子もない宣言に、ギルド内は水を打ったような静寂と、それに続く深い混乱に包まれた。
すっかり皆の妹分として馴染んでいたニナの口から出た言葉を、誰一人として理解できていない様子だ。
「ニナ!! 悪ふざけはやめろ!!」
俺はたまらず、悲痛な怒鳴り声を上げていた。
頼むから悪ふざけであって欲しい。質の悪い冗談だと言って笑ってくれという、切実な願いを込めて。
「悪ふざけ……? 違いますよ。私達の目的を果たすには、各都市のギルドが邪魔なんですよ」
しかし、俺の願いは届かない。
ニナは首をコテリと傾げ、一切の感情が抜け落ちた瞳でそう言った。
「くそっ!」
取り敢えず事態の安静化を図るためにギルドの外へ連れ出そうと、俺はニナの細い腕を強く掴んだ。
「っ!? ぐあっ!!」
だが、次の瞬間「ジューッ!」という肉の焦げる音と共に凄まじい熱さが走り、俺は思わずその手を離してしまった。
「迂闊に触れない方がいいですよ? 今、爆発に向けて体内のエネルギーを極限まで高めてる状態ですから」
見れば、ニナの皮膚の下で、マグマのような不気味な赤い光が脈動し始めている。
……自爆というのは、本当なのか。
「ツバキ姉。私は『感情』とかそういうのはよく分からないけど……ツバキ姉と一緒にいる時間は、退屈じゃなかったよ」
ニナは、ツバキに向かってゆっくりと語りかける。
「だからお願い。私の邪魔をしないで。……一緒にここで終わりにしよう?」
ニナは昨日プレゼントしてくれた、あの赤と黄色の『お揃いのブレスレット』が付けられた腕を見せながら、甘えるように微笑みかけてきた。
「……止めることは、出来ないのか?」
ツバキは深く俯き、表情を隠したまま、震える声でニナへ問いかけた。
「私を殺せば止められますよ。……でも、ツバキ姉は私にそんな酷いこと、しないよね?」
ニナは大粒の涙をボロボロとこぼし、すがりつくように悲痛な声で訴えかけてくる。
ツバキが、固まっている俺やクロエ、他の冒険者達に静かに視線を巡らす。
「…………。参る」
ツバキが、ゆっくりと腰の刀の鞘に手をかけた。
「ねぇ! ツバキ姉! 本当に私を殺するの!? 思い出してよ! 一緒に街を歩いて、いろんな話をしたよね!? ツバキ姉の家の掃除も手伝ったし、プレゼントしたお揃いのブレスレットだって、あんなに喜んでくれたじゃない!!」
ニナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ツバキを引き留めるように、悲鳴のような声で叫び続ける。
それは、かつて夕暮れの池のほとりで見た、心優しい少女の姿そのものだった。
俺自身も、あまりの残酷な光景に足が竦み、どうしたらよいか全く判断がつかない。
「ツバキ姉……っ!!」
「――御免……。ニナ」
静かな謝罪の声。
直後、空気を裂く鋭い銀閃が走り――ツバキの刃は、ニナの首を無慈悲に刎ね飛ばしていた。
ゴトリ、と。
床に転がり落ちたニナの頭部が、最後にツバキを見つめ上げて、呪いのように言葉を紡ぐ。
「そっか……ツバキ姉には……心が……ないんだね……」
それが、妹分だった少女の最後の言葉だった。
その直後、ニナの身体は内側からどろりと崩れ落ち、爆発することなく、ただの黒い灰の山へと変わっていった。
静まり返ったロビーの中央で、ただあ然と立ち尽くしている。
彼女の身体には、返り血の一滴すら飛んでいない。
けれど……無傷なはずのツバキが、俺には、今まで見てきた中で一番『傷だらけ』になっているように見えた。




