終わらないお礼
「あ、こんにちはトビーさん! ツバキさんは?」
ロビーで俺と目が合うなり、ニナは嬉しそうに駆け寄ってきた。
ギルドまで押しかけてくるとは、見た目の大人しさに反してなかなか強引な子だな。
「ツバキはまだ来てないけど……一体どんな用件なんだい?」
「昨日のお礼を、まだ受け取ってもらってません!」
ニナはフンスと鼻息を鳴らしながら、真っ直ぐな目で宣言する。
そんなに、なんとしてでもお礼をしたいのか。
律儀というか、少し変わった子だな。
……あれ?
「というか、よく俺たちがここの冒険者だって分かったね。名前まで知ってて驚いたよ」
「そうですか? お二人は街でちょっとした有名人ですよ」
ニナは首を傾げて、さも当然のように言う。
まぁ、万年Eランクの便利屋と、特例Aランクなんていう凸凹コンビだから、目立つことは目立つか。
「あれ? お前、昨日のバッグの奴か? どうしたんだ?」
そこへ、タイミングよくツバキがギルドへやってきた。
「あ! ツバキさん! 昨日の御礼、なんとしてでも受け取って欲しいです!」
ターゲットを発見したニナが、ズイッとツバキに詰め寄っていく。
「いや、だからいいって言ってるだろ」
「アクセサリーがいらないなら、ご飯を作らせて頂くとか! なにかお手伝いをさせて頂くとか!」
「知らない奴からの飯は毒が入ってるかもしれないからいらないし、手伝いと言っても、お前すごく弱そうだしな……」
「そ、そんなぁ……」
ツバキのあまりにも身も蓋もない淡々とした拒否に、ニナの大きな瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出しそうになる。
あっ……。
さすがにマズイことを言ってしまったと気付いたのか、ツバキが目に見えてオロオロとしだした。
助けを求めるように俺の方をチラチラと見ているが、これはお前が自分で撒いた種だぞ。
「えっと、えっと……! そ、そうだ! アタシの家の掃除を手伝ってくれ!」
捻り出すように、ツバキが大きな声で提案した。
「掃除……ですか?」
「そう! アタシ、片付けとかそういうのは苦手で、ちょっと行き届いてない所もあったからな! 掃除を手伝って貰えたら、十分お礼になるぞ!」
どうやらツバキも、何かしらお礼を受け取る形にしないと、この子は一生泣き止まないし引き下がらない、ということに気づいたらしい。
特例Aランクの待遇で借りているツバキの家は、一人で住むには広すぎる一軒家だ。
確かに掃除の手伝いをしてもらうには丁度いいかもしれない。
「……分かりました! 精一杯、お掃除でお役に立てるようにします!」
パァッと表情を明るくしたニナは、両手で拳を握りしめ、力強く宣言をするのであった。
こうして、なぜか俺まで巻き込まれる形で、ツバキの家の掃除手伝いにニナと共に向かうことになった。
なんで俺まで……。
「それじゃあ、適当にそこの床や棚を拭き掃除してくれたら、それで大丈夫だぞ」
「分かりました! お任せください!」
そう言って、ニナは腕まくりをして張り切って掃除を始める……が。
……なんだ? すごく、手際が悪いな。
根本的な「掃除のやり方」を知らないのか、ひどく効率が悪い。
見かねたツバキが、隣にしゃがみ込んであれこれとフォローし始めた。
「ったく、なにやってるんだよ。そこはこうやって拭くんだ」
「あ、すみません! こうですか?」
「違う違う、もっと端からだ」
お礼をしにきたはずなのに、逆にツバキの負担が増えている気がするな……。
もともとツバキは武芸者気質というべきか、意外にも身の回りの整理整頓はできる綺麗好きなようで、家の中はそれほど散らかっていなかったため、掃除の時間はそこまでかからなかった。
「よし! 十分綺麗になった! お礼はちゃんと受け取ったから、これでもう大丈夫だぞ!」
ツバキは腰に手を当て、ニコニコとニナに告げる。
完全に、これで面倒事終わった、と思っている顔だな。
「いいえ! まだ私の気が済みません! 他にもお手伝い出来ることはありませんか!?」
「えっ」
ニナがズズイッと効果音が鳴りそうな勢いでツバキに詰め寄る。
ツバキが怯んだように後ずさりし、助けを求めるようにチラッとこちらを見た。
「まぁまぁ、今日はこの辺で終わりにして、飯にでもいかないか?」
終わりの見えない堂々巡りを断ち切るため、俺は間に入って話を打ち切らせてみようと提案した。
「お! おっさんの奢りか!?」
途端に、ツバキが目を輝かせせて食いついてくる。
こいつ、妙に俺に奢らせたがるな。
まぁ、色々と世話になっているし、今日くらいは仕方がない。
「わかったよ。今日は俺が出すよ」
「やったぞ!」
俺とツバキがそんなやり取りをしていると、ニナが急に申し訳なさそうな顔をして、慌てて断りを入れてきた。
「あ、私、ちょっとご飯は遠慮しておきます! お礼の続きは、また改めて来ますね!」
「遠慮しなくていいよ。ニナの分も俺が出すからさ」
「いいえ! お金とかそういう訳ではないので! それじゃあツバキさん、また明日!」
そう言うが早いか、ニナは足早にツバキの家から立ち去ってしまった。
……お腹空いてなかったのかな?
ともかく、こうしてその日のニナの強引な『お礼』は幕を閉じたのだった。
――だが、翌日。
ギルドのロビーには、当たり前のようにニナの姿があった。
それからというもの、連日なにかにつけて、ツバキは執拗にニナに付きまとわれるようになるのであった。




