最強の看板娘
俺が正式に始めた『Eランク向けの教育依頼』は、自作のビラを配ったり新人達に積極的に声かけをしたりした結果、思っていたよりも大きな反響を呼んでいた。
理由としては、Eランクは右も左も分からない新人ばかりで、誰も効率的な稼ぎ方を教えてくれないとのことだ。
討伐クエストに挑むための装備や準備が足りないまま、手探りで割に合わない雑用をこなし、報酬が少なくてジリ貧になっていく。
そうして準備不十分のまま無謀な討伐に挑んで博打を打つか、心が折れて冒険者を辞めるか……。
そんな負の連鎖に陥っている者が、それなりにいたのだ。
そして、予想外の反響となった、もう一つの要因は……。
「おーい、おっさん。今日はどこに仕事いくんだ?」
ひょっこりと顔を出したツバキの登場に、本日俺の指導に同行している新人達が、分かりやすくパッと浮き足立った。
そう、ツバキの人気である。
ツバキは特異な変異種の討伐依頼などがない限り、継続して俺と一緒にEランクのクエストを受注している。
結果として東都市の住人に顔を覚えられていることに加え、南都市との『共同シンボル』としての知名度も爆発し、今やすっかり有名人なのだ。
『あのツバキと一緒にクエストに行ける(かもしれない)チャンス』と下心丸出しで申し込んでくる冒険者も一定数いる。
どうも巷では、「孤高の武芸者であり、裏表のない純粋な美少女」という幻想を抱かれているらしい。
俺から言わせれば、ただの戦闘狂で空気が読めないだけなんだけどな……。
「あ、あの! ツバキさん、ちょっとお話を……!」
「……んだ? お前、今日はトビーの話を聞きにきたんじゃないのか? 集中できないなら帰れ」
ピシャリと冷たく言い放つツバキ。
ほら、言わんこっちゃない。
……まぁ、最近はツバキなりに「街の人たちの顔と名前を覚えないこと」を気にして改善しようとしていたり、俺の盾の特訓にも付き合ってくれたりする。
あいつなりに、社会性や思いやりは少しずつ身についているのだろう。
そんな風に順調な滑り出しを迎えた、ある日のEランク教育の帰り道。
夕暮れの街をツバキと並んで歩いていると、ふいに鋭い悲鳴が聞こえた。
「だれか! 私の売り上げが! 取り返して!」
悲鳴の方角を振り返ると、柄の悪い男が革のバッグを抱えて猛ダッシュで逃げ去っていくのが見えた。
ひったくりか!
「待てっ!」
俺が走り出すよりも先に、隣にいたツバキが地を蹴って駆け出す。
相変わらず、とんでもなく足が速いな!
あっという間にツバキが男の前に回り込んで進路を塞ぎ、俺が後ろから息を切らして逃げ道を断つ形になった。
「チィッ! ガキがぁ! そこをどけっ!」
男が舌打ちをしてツバキに掴みかかろうとするが――次の瞬間、男の身体はひらりと宙を舞い、ドスゥンッ! と情けない音を立てて石畳に叩きつけられていた。
なんだろう、この光景。ものすごく既視感があるな……。
ツバキと始めて会った時の俺と同じように見事な放物線を描いて気絶した男を見下ろし、俺は思わず冷や汗を流す。
「ほら、取り返してやったぞ」
ツバキは男が抱えていたバッグを拾い上げると、追いついてきた悲鳴の持ち主へと無造作に差し出した。
「あ、ありがとうございます……! 今日の売り上げが全部入っていたから、本当に助かりました!」
バッグを両手でしっかりと受け取ったその少女は、ホッと胸を撫で下ろしながら、ツバキと俺に向けて嬉しそうにはにかむ。
「私、ニナって言います! あの……なにかお礼をさせていただけませんか……?」
大切な売り上げの入ったバッグを胸に抱きしめ、ニナと名乗った黄色の瞳の少女は、必死な様子で提案してきた。
「気にしなくていいよ。君に怪気がなくてよかった。お礼なんて大丈夫だから」
俺がやんわりと辞退する。
「そういう訳にもいきません! 私、広場の露店で手作りのアクセサリーを販売しているんです! よかったら、どれか受け取ってくれませんか?」
そう言って、頑なにお礼をしたいと食い下がってくるニナ。
「あくせさりー? なんだそれ?」
ツバキには聞き慣れない言葉だったのか、不思議そうに聞き返す。
ニナはバッグをゴソゴソと探り、中から少し歪な形をした木彫りや石のブレスレットを何個か取り出して、俺たちに見せるように説明した。
「こういったブレスレットや、髪留めなんかの装飾品のことです! 自分で彫っているので、いろんな種類があるんですよ!」
「ふーん……」
ブレスレットをじっと見つめたツバキだったが……その目は完全に興味のなさそうな色をしていた。
「まぁ、いい。アタシはそういうのには興味がないから大丈夫だ! 次からは盗られないように気をつけろよ!」
よくもまぁ、あんなに健気に差し出してくれている相手に対し、一切の気まずさも感じずにキッパリと断れるものだな。
「あ! ちょっと待って……!」
ニナが慌てて呼び止めようとするが、ツバキはひらひらと手を振って、振り返ることなくさっさと先へ歩いていってしまう。
「ごめんね! 気持ちだけで十分だから! ありがとう!」
俺もニナに慌ててフォローの言葉を入れ、足早にツバキの背中を追いかけた。
……あいつの気ままでマイペースなところは、相変わらずだな。
◆◆◆
――翌日。
俺がギルドでEランク向けの資料を整理していると、受付のクロエから困ったように声をかけられた。
「トビー。なんだか、ツバキを指名して尋ねてきたお客さんがいるんだけど……」
まさか……と思ってロビーへ顔を出すと――そこには、昨日ひったくりから助けた少女、ニナの姿があった。




