前代未聞の教育挑戦
その日、俺はいつにも増して緊張していた。
手には、昨日まで時間をかけて書き上げた『Eランク向け・クエスト攻略手引書』の束。
今日はギデオンさんに、とある重大な提案をする為に時間を貰っているのだが、果たしてどんな反応が返ってくるか全く読めないのだ。
少し汗ばんだ手でギルド長室のドアをノックし、入室する。
「おお、トビー。今日はどんな用件だ?」
書類仕事から顔を上げたギデオンさんが、いつもの柔和な感じで迎え入れてくれる。
「ギデオンさん。単刀直入に言います」
俺は手引書の束をデスクに置き、真っ直ぐにギデオンさんの目を見た。
「俺に、Eランククエストの『教育』を、正式な依頼として発注してくれませんか?」
「……教育の依頼?」
ギデオンさんが、困惑したように眉をひそめる。
「お前が新人達に仕事のイロハを教えてくれていることへの謝礼なら、今までも特別報酬として色を付けて出しているだろう?」
「ええ。ですが、俺が言っているのはその特別報酬という名の『チップ』ではありません。ギルドの正式な事業として、俺の教育に依頼を出す価値があるかどうかを見定めて欲しいんです」
俺の言葉に、ギデオンさんの顔つきから「人の良いおじさん」の空気が消え、組織を束ねる「ギルド長」としての真剣な色へと変わった。
「トビー……。ギルドからの正式な依頼となれば、そこには明確な『成果』を求めることになるぞ? 新人の面倒をみて『努力しました』『頑張りました』だけでは済まされないんだぞ?」
「分かっています。具体的なやり方として、まず各Eランククエストの効率的な進め方や注意点を手引書として書き起こしてきました。これを基に、俺が新人とパーティを組んで直接現場で指導します」
俺の提示した手引書をパラパラと捲りながら、ギデオンさんの厳しい指摘は続く。
「……そもそもEランクの仕事は、誰にでもできるからEランクんだ。難易度の高くない雑用に、わざわざコストをかけてまで指導が必要か?」
「皆、難易度が低いと思い込んでいるだけです。やり方次第で、ただの雑用に特別な価値をもたせ、街への貢献度を劇的に引き上げる方法は確実にあると思っています」
そこまで言うと、ギデオンさんは手引書から目を離し、俺の顔をじっと見つめて、試すように問いかけてきた。
「……いいか、トビー。もしお前の言う通り、教育によって『出来のいいEランク』が増えたとしよう。それはつまり、今までお前が一人で独占していた『特別』が薄まるということだ。お前自身の仕事が奪われる可能性だってあるんだぞ?」
ギデオンさんはふっと息を吐き、少しだけ声音を和らげる。
「お前が今のまま真面目に働いてくれるなら、俺の権限で、もう少し特別報酬を引き上げるよう……」
「……それだったら、俺の価値はその程度だったというだけです。俺は広める方が、自分の価値を高めることが出来ると信じています」
俺はギデオンさんの厚意を遮り、きっぱりと告げた。
「あの特別報酬は、ギデオンさんという理解者がいるから成立している『特別扱い』ですよね? 俺は、いつまでもそれに甘えているわけにはいかないんです。……俺自身のギルドへの貢献を、正式な報酬と実績として記録して欲しいんです」
俺の伝えたいことは、全て伝えた。
後は、ギデオンさんがギルド長としてどう判断するか……だが……。
沈黙が、室内に降り積もる。
やがて――ギデオンさんはフッと口元を綻ばせ、小さく笑い声を漏らした。
「……分かった。お前の覚悟、確かに受け取った。まずは成果報酬のテストケースとして試してみよう。具体的な報告方法やマージンについては、これから詰めようじゃないか」
「……っ! ありがとうございます!!」
こうして、ただの万年Eランクの便利屋だった俺の、『Eランクの教育係』という前代未聞の新たな挑戦がスタートするのであった。




