紡がれる名前
翌日。
ツバキは南都市から戻ってきており、約束通り東都市ギルドへと顔を出してくれた。
ただ、なんだか朝から俺と目を合わせようとしないなど様子がおかしい。
やはり、これから顔を合わせるレオンハードさん達との確執を気にして緊張しているのだろうか。
やがて、レオンハードさん達もギルドに到着した。
彼はロビーの隅にいるツバキを目にするなり、何か覚悟を決めたような、鋭い顔つきでこちらに真っ直ぐ近づいてくる 。
「ツバキ殿。この間の西都市での合同クエストの件だが……私は未だに、貴女のあの無慈悲なやり方に心底頭にきている」
「えっ!?」
俺は思わず声を上げた。
昨日、あんなに憑き物が落ちたように吹っ切れた様子だったのに!?
ツバキも戸惑ったような顔で、しかし負けじと睨み返す。
「……なんだよ。今更なにが言いたいんだ?」
「お互い、言葉よりも剣に生きる戦士だ。……模擬戦の決闘で、決着をつけよう」
Aランク同士の決闘!?
穏便な会議のはずが、とんでもない大ごとになってしまったぞ……。
――レオンハード視点――
「レオン! どうしたの急に!? 昨日の今日で決闘だなんて!」
ギルドの裏手にある訓練場へと向かう道すがら、セリアが慌てて私を追いかけながら聞いてくる。
私は前を見据えたまま、短く答えた。
「……これ以上、答えのない問答を自分の頭の中だけでやっていても仕方がない。私の掲げた理想と、彼女の現実。剣で、全てを確かめる」
トビー殿の言葉を聞き、私はそう決心したのだ。
理屈という鎧を脱ぎ捨てて彼女と向き合うには、この方法しかなかった。
「……頼むから、お互い大きな怪我はないようにな」
立会人となったギデオン・ギルド長がため息まじりに言い、開始の合図を送る。
その途端――視界を埋め尽くすほどの斬撃が飛来した。
(は、速い……!)
なんとか剣で受け止めるが、息をつく間もなく、次には全く別の死角から斬撃が降ってくる。
刃を潰した練習用の剣だというのに、手首ごと切り飛ばされそうなほどの凄壮な鋭さを感じる。
「うおおおおおおッ!」
私も意地で反撃の剣を振るうが、ツバキ殿に掠る気配すらしない。
それでも、私は必死に剣を振るい続かった。
(……あの時、人々の救出という選択肢を、彼女が即座に切り捨てたことが許せなかった)
ツバキ殿の嵐のような猛攻に耐える。
(すでに死体だったのかもしれない、それでもモンスターごと罪なき人々を斬り捨てた彼女の冷酷さが許せなかった)
振り返した私の剣は、またしても空を切る。
(――でも、私が本当に怒っていたのはきっと)
ガァンッ!!
けたたましい金属音が鳴り響き、私の手から弾き飛ばされた剣が、クルクルと宙を舞って地面に突き刺さった。
「……誰一人救えず、理想を貫けなかった『自分自身の弱さ』に対してだ……」
ポツリとこぼした私の喉元には、ツバキ殿の剣先がピタリと突きつけられていた。
「……勝負ありっ!」
ギデオン・ギルド長の声が、決着を告げる。
「……高いな、現実の壁は」
私は独り言のようにそう口にし、大きく息を吐いてから、目の前のツバキ殿に真っ直ぐに向き合った。
「完敗だ、ツバキ殿。……それと、この前の私の非礼を、心から詫びさせてくれ」
私は彼女に対し、深々と頭を下げた。
自分自身の弱さを棚に上げ、彼女の在り方を否定したことへの、心からの謝罪だった。
「や、やめろよ! アタシは別に気にしてないっていうか、その……アタシも、考えが足りなかったっていうか……!」
いきなり頭を下げられ、ツバキ殿はひどく狼狽していた。
「レオ……ピカピカ男が怒ってた理由も、今は少しだけ分かったし……」
「レオンハードだ」
私は顔を上げ、もう一度、一人の戦士として彼女に名乗りを上げた。
「……」
ツバキ殿は一瞬だけ逡巡するように目を泳がせる。
「改めて、よろしく頼む」
私が右手を差し出すと、なにかを吹っ切ったように彼女は力強くその手を握り返してきた。
「ああ! レオンハード! いい勝負だったぞ!」
私は、彼女と初めて分かり合えた。そう思えた。




