英雄としての華
目が覚めると、見知らぬ天井が視界に入った。
体を動かそうとしたが、全身が重い鉛のようで指一本動かせない。……おまけに右腕は、厚いギプスで厳重に固定されていた。
(やっぱり、折れてたか……)
痛みを噛み締めながら視線を落とすと、ベッドの脇にツバキが突っ伏して寝ていた。
どうやら、ずっと付き添ってくれていたらしい。
しばらくの間、ぼんやりと彼女の寝顔を眺めていると、気配を察したのかツバキがパチリと目を覚ました。
「おっさん! 目を覚ましたか!」
弾かれたように飛び起きた彼女に、意識を失った後のことを聞いた。
なんと、あのルミオン・ギルド長が自ら陣頭指揮を執り、病院の手配から特別病室の確保まで全て整えてくれたらしい。
というのも、あのシャドーとの一戦で、ツバキの知名度は南都市で一気に跳ね上がってしまった。
押し寄せる記者や熱狂的なファンを警戒し、ギルドが『英雄の身の安全』を確保する必要があったのだそうだ。
「あの陰険女が、『ある程度回復したら連絡をくれ』って言ってたぞ」
その渾名には心から同意するが、本人の前では口にするなよ……と、いつものように注意を促す。
「おっさんは注意ばかりだ! 自分には甘いくせに!」
ツバキが不満そうに口を尖らせる。
「……分かってるよ。俺も、もっとレベルアップするように取り組むさ」
「レベルアップ?」
「あぁ。お前と同じパーティでやっていくんだ。もう二度と、あんな風に言われっぱなしで……お前の重荷になるような『足枷』にはならない。お前の隣を胸を張って歩けるように、必死に走るつもりだ」
俺が真っ直ぐに見据えて告げると、ツバキは一瞬驚いたように目を丸くし、それから春の陽だまりのような、どこか誇らしげな微笑みを浮かべた。
「……そうか。なら、アタシはもっと速く走ってやるからな!」
自分の無力さを認めた上で、それでも隣にいたいと願う。
「繋ぎ役」なんて言い訳は、もう、おしまいだ。
数日後、なんとか歩き回れるまで回復した俺たちは、ギルドの迎えの馬車に乗り込んだ。
ルミオン・ギルド長との面会が終われば、そのまま東都市まで送迎してくれるという。
至れり尽くせりすぎて、逆に背筋が寒くなる。
ギルド長室の扉を開けると、そこにはなぜか機嫌の良さそうなルミオン・ギルド長が待っていた。
「まずは南都市の脅威を排除してくれたこと、誠に感謝するよ。ツバキ君が切り落としてくれた『腕』のおかげで、精神汚染への特効薬も無事に確立できそうだ」
あのシャドーの腕も、ただの戦利品以上の価値があったということか。
「今回はクエスト受諾前だったこともあり、協力感謝金のみの支払いとなるが……その代わり、特効薬の材料提供という名目で、破格の報奨を出させてもらうよ」
やはり金や契約が絡むと、この人は途端に饒舌になる。
「そして、ここからが本題なのだがね……」
ほらきた、と俺は身構えた。
「現在、南都市はゾランというスターを失ったことで、冒険者ギルドへの求心力が著しく低下している。このままでは組織の維持に関わる大問題だ」
ルミオンは芝居がかった嘆きを見せ、それからパッと華やかな笑みを浮かべた。
「しかし! ツバキ君のあの劇的な活躍は、それを補って余りある希望だ」
彼女は流れるような所作で、俺たちにある提案を突きつけた。
「そこで、東都市と南都市は『友好都市』として提携を結び、ツバキ君を両都市の共同シンボルとして売り出したいと考えている。ギデオンにはこちらから話を通しておくから、心配しなくていいよ」
(なんて大胆な……。所属外の冒険者をスターとして扱い、南都市のブランドを維持するつもりか)
「よく分からないけど、アタシの名を広めたいってことか? 悪い話じゃなさそうだな」
「ツバキ、契約条件をよく確認……」
「素晴らしい判断力だね。交渉成立だ」
案の定、ツバキは深く考えずに頷いてしまった。
ルミオンは満足げに頷くと、俺たちの会話を断ち切るように、別の封筒をデスクに置いた。
「それと、これをツバキ君に発行する」
重厚な封蝋が施された、厳かな封筒。
俺の心臓が、ドクンと跳ねた。
「圧倒的な英雄としての華。そして、最善の場所に居合わせるという強運。……君を、Sランクに相応しい器として、南都市ギルドは正式に認めよう」
ツバキの手には、これで二枚目となる『Sランク推薦状』が握られていた。
彼女が夢見る「英雄」の座が、少しずつ、だが確実に形を成し始めていた。




