終演の喝采
(……不思議と、絶対に来てくれると信じていたよ)
俺は全身の激痛に耐えながら、油断せず盾を構えたまま、舞台上で始まった激闘を見守った。
「噂の東都市の特例Aランクか……ちょうどいい。お前の実力も、ここで測ってあげるよ!」
劇場という舞台の上で、白と黒の軌跡が美しく、そして残酷に交差する。
シャドーが漆黒の剣を振るうが、ツバキの白刃はそれを舞踊のような軽やかさで次々と弾き返していく。
甲高い金属音が、まるで劇を盛り上げる伴奏のように連続して劇場に響き渡る。
俺が盾越しに受けたあのドス黒い精神攻撃を、今の彼女はまともに浴びているはずなのに――ツバキの踏み込みには一切の淀みがない。
むしろ、その迷いのない太刀筋は、見る者の心を奪うほどの苛烈な美しさを放っていた。
動揺しているのは、シャドーの方だった。
「ば、馬鹿な……ッ! なぜだ!? なぜ僕の精神汚染が一切効かない!?」
「さっきから、ネチネチ、ネチネチと……うっとうしいぞッ!!」
ツバキの重く、そして美しい連撃に、シャドーの体勢が大きく崩れる。
完全に防戦一方だ。ツバキの強さは、本当に底が見えない。
息を呑んで見守っていた客席の観客たちは、つい先ほどまで絶望を振り撒いていた化け物を、さらに規格外の力で圧倒するツバキの姿にすっかり魅了されていた。
恐怖はいつしか熱狂に変わり、誰もがその華麗な剣舞から目を離せなくなっている。
「そうか……。お前か! ここ最近の僕らの計画を狂わせたイレギュラーは……!」
シャドーが、ツバキへ深い憎悪の目を向ける。
「ここまで規格外の強さなら、納得だよ。……今日はこの辺で、退散させてもらうよ……」
シャドーの足元の影が広がり、彼自身の体がズブズブと影の中へ溶けるように消えていく。
「逃がすかッ!!」
ツバキの白刃が、劇場の照明を反射してスポットライトのように煌めいた。
床の影ごと空間を両断するような、神速の一振り。
「――ッ!? ギャアアアアアッ!!」
影の中から、シャドーの凄まじい絶叫が響いた。
漆黒の装甲に包まれた彼の『右腕』が、舞台の床に斬り飛ばされる。
「……クソがッ! 覚えておけよ、狂犬ッ!!」
怨嗟の声を残し、右腕だけを置いて、シャドーは今度こそ完全に影の中へと姿を消した。
「……逃がしたか」
ツバキが悔しそうに唸りながら、チャキッ……と愛刀を鞘に収める。
その、直後だった。
『うおおおおおおおおおおおッ!!』
『すげぇ……! なんなんだあの太刀筋は……!』
『ありがとう! あんた、最高のAランクだ!!』
地鳴りのような歓声と、割れんばかりの拍手が、巨大劇場を揺らした。
それはシャドーが企てた『悲劇』の終幕ではなく、ツバキの強さに魅せられた熱狂的なスタンディングオベーションだった。
「……!?!? な、なんだ!?」
ツバキがビクッと肩を揺らし、珍しく完全にパニックになったような顔で客席を見渡している。
無理もない。今まで強すぎる彼女に向けられてきたのは「感謝」ではなく、異物への「恐怖」だった。
こんな風に、純粋な称賛と歓声を浴びるのは、彼女にとって初めてのことなのだ。
(よかったな……)
俺は口元を緩め、舞台の中央で戸惑う彼女に向けて声を張ろうとした。
「見事な、大立ち回り、だったぜ……」
だが、言葉は最後まで続かなかった。
張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたのだ。
「おっさん!?」
駆け寄ってくるツバキの焦った声を遠くに聞きながら、俺は深い深い意識の底へと沈んでいくのだった。




