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東の狂犬は、万年Eランクにしか懐かない  作者: 揚げ太郎
【第3章】その価値の決め方
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万年Eランクの執念

 ダルタンさんの焼き飯で心も体も満たされた俺は、背負った新たな『盾』の重みを感じながら、まずは宿屋に戻ってツバキと話をしようと歩き出した。

 だが、南都市の華やかな街並みをゆく人々の様子が、なんだか騒がしい。

 皆一様に、怯えた表情で同じ方向――『劇場』の方向を見上げ、あるいは逃げるように走り去っていく。

(……おいおい。また面倒事か?)

 嫌な予感に背中を押されるように、俺は人波に逆らって劇場へと向かった。

 劇場の広場はパニック寸前の群衆で埋め尽くされていた。

 俺は人混みを掻き分け、劇場の客席へと滑り込む。

 巨大な劇場の、眩いスポットライトに照らされた『舞台』の上では、二人の男が対峙していた。

 一人は、黄金の鎧を纏った南都市のAランク冒険者、ゾランさん。

 そしてもう一人は、不気味なほど真っ黒な軽鎧に身を包み、光を吸い込むような漆黒の瞳をした、シャドーと名乗る青年であった。

 ゾランさんの様子が、明らかにおかしい。

 武器であるウォーハンマーを取り落とし、ガタガタと全身を震わせている。

「も、もう……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 『太陽』の二つ名を持つ男が、群衆の面前で、泣き叫ぶように舞台に蹲った。

「おやおや。南都市の誇る太陽が、随分と情けない姿だ」

 シャドーは、崩れ落ちたゾランを見下ろし、それから客席を埋め尽くす観客たちを見回して、薄ら笑いを浮かべた。

「しかし、余興の真骨頂はこれからです。英雄は、何度でも立ち上がるはず……。果たして彼は、何人の民衆の『悲鳴』を聞けば、再び立ち上がることができるのでしょうか? ……協力してくれるギャラリーがいたら、歓迎しますよ」

 シャドーが剣を客席に向けた瞬間、劇場は息を呑むような、凍りつく静寂に包まれた。

 誰もが、次の瞬間に起こるであろう惨劇を予感し、恐怖に身を硬くする。

 ここで誰か一人でもパニックを起こして叫べば、劇場は将棋倒しの地獄絵図になるだろう。

 南都市の冒険者もいるようだが、ゾランさんが負けたショックで放心している。

(……やるしかない、か)

 俺は背中の盾を、固く握りしめた。

 だって俺は、あの規格外のツバキの相棒を務めるんだもんな。

 『繋ぎ役』なんて卑下して、ただ守られるだけの情けない俺じゃ、あいつに顔向けできない。

『――アタシと一緒にいるのは不向きかよ!』

 昨日のツバキの傷ついた声が、脳裏をよぎる。

 不向きなんかじゃない。俺は、あいつの隣に自分自身の意志で立つんだ。

「――俺が、協力してやるよ」

 俺は静かにそう告げると、ダルタンさんから受け継いだ盾を構え、観客席から舞台へと一気に駆け上がった。

 シャドーは一瞬驚いたように目を見開き、やがて獲物を見つけた肉食獣のような、酷く歪んだ笑みを浮かべた。

「おやおや! この絶望的な状況で、このような勇敢な方がいるとは意外ですねぇ!」

 シャドーが、黒い剣を構え直す。

「しかし……随分と弱そうだ。どうか、瞬殺なんていう興醒めな結末にならないことを、切に祈りますよ」

「……奇遇だな。俺もそれを祈ってるよ」

 俺は盾の裏に体を隠し、低く身を構えた。

 シャドーは嘲笑うかのように、俺の鈍いスピードに合わせて、盾へ向けて執拗に攻撃を繰り返した。

 キンッ、ガキィンッ、と。

 黒い剣が盾を打つたび、剣撃の衝撃と共に、ドス黒い、底なしの恐怖心が脳内に直接流れ込んでくる。

 心が、精神が、内側からメリメリと削られていく感覚。

(怖ぇ……ッ! 立てなくなるほど、怖ぇ……!!)

 それでも、俺は耐えた。

『おっさんは、言われっぱなしでいいのかよ!』

 あの日、ツバキに叫ばれた言葉が、俺の心を支える。

 俺はもう、言われっぱなしの受け身なEランクじゃない。

「……ッチ。しつこいなぁ!」

 劇がかった台詞で余裕を見せていたシャドーの声に、苛立ちが混じり始めた。

 遊びは終わりだと言わんばかりに、攻撃の威力が上がる。

 盾狙いではなく、明確に俺の命を刈り取るための、苛烈な連撃。

 防戦一方で、全身にダメージが蓄積していく。視界が血で滲む。

 それでも、俺は決して盾を下ろさず、守りに徹した。

「なんなんだよ、お前はッ!! そんな守ってばかりで、恥ずかしくないのか!? 攻めてきなよ、この臆病者がぁッ!!」

「……生憎だが、攻める才能は欠片もないんでね」

「――ッ! なんなんだよてめぇッ! うざっ! きもっ! はやく精神ぶっ壊れるか、死ねやぁぁッ!!」

 シャドーが憎悪を剥き出しにして、大振りの一撃を叩きつけてきた。

 凄まじい衝撃。俺は血を吐きながら、舞台に片膝をついた。

 腕の骨が折れたかもしれない。

 盾を持つ感覚が、麻痺して薄れていく。

 それでも。

 俺は、震える足に無理やり力を込め、再度、立ち上がった。

「……万年Eランクの雑魚を、十数年も続けてるもんでね。みっともなく足掻くことに関しては、慣れてるんだ、俺は」

 血塗れの顔で、俺はニッと笑ってみせた。

「それに……そんな雑魚相手に時間をかけてるから、『狂犬』がきたぞ」

「……何?」

 シャドーが理解できないと言った顔をした、その刹那。

 劇場の天井を突き破り、スポットライトの光を浴びながら、銀色の斬撃と共に、一人の少女が降ってきた。

「――なッ!?」

 シャドーの顔が驚愕に歪み、咄嗟に上空からの斬撃を黒い剣で受け止める。

 ガキィィィィィィンッ!!

 火花が散り、土煙が舞う。

 土煙の中から現れたのは、愛刀を構え、紅蓮の瞳を爛々と輝かせたツバキだった。

 彼女は、ボロボロになってる俺を一瞥すると、シャドー相手に好戦的な笑みを浮かべた。

「――ここからは、アタシが相手だ!!」

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