万年Eランクの執念
ダルタンさんの焼き飯で心も体も満たされた俺は、背負った新たな『盾』の重みを感じながら、まずは宿屋に戻ってツバキと話をしようと歩き出した。
だが、南都市の華やかな街並みをゆく人々の様子が、なんだか騒がしい。
皆一様に、怯えた表情で同じ方向――『劇場』の方向を見上げ、あるいは逃げるように走り去っていく。
(……おいおい。また面倒事か?)
嫌な予感に背中を押されるように、俺は人波に逆らって劇場へと向かった。
劇場の広場はパニック寸前の群衆で埋め尽くされていた。
俺は人混みを掻き分け、劇場の客席へと滑り込む。
巨大な劇場の、眩いスポットライトに照らされた『舞台』の上では、二人の男が対峙していた。
一人は、黄金の鎧を纏った南都市のAランク冒険者、ゾランさん。
そしてもう一人は、不気味なほど真っ黒な軽鎧に身を包み、光を吸い込むような漆黒の瞳をした、シャドーと名乗る青年であった。
ゾランさんの様子が、明らかにおかしい。
武器であるウォーハンマーを取り落とし、ガタガタと全身を震わせている。
「も、もう……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
『太陽』の二つ名を持つ男が、群衆の面前で、泣き叫ぶように舞台に蹲った。
「おやおや。南都市の誇る太陽が、随分と情けない姿だ」
シャドーは、崩れ落ちたゾランを見下ろし、それから客席を埋め尽くす観客たちを見回して、薄ら笑いを浮かべた。
「しかし、余興の真骨頂はこれからです。英雄は、何度でも立ち上がるはず……。果たして彼は、何人の民衆の『悲鳴』を聞けば、再び立ち上がることができるのでしょうか? ……協力してくれるギャラリーがいたら、歓迎しますよ」
シャドーが剣を客席に向けた瞬間、劇場は息を呑むような、凍りつく静寂に包まれた。
誰もが、次の瞬間に起こるであろう惨劇を予感し、恐怖に身を硬くする。
ここで誰か一人でもパニックを起こして叫べば、劇場は将棋倒しの地獄絵図になるだろう。
南都市の冒険者もいるようだが、ゾランさんが負けたショックで放心している。
(……やるしかない、か)
俺は背中の盾を、固く握りしめた。
だって俺は、あの規格外のツバキの相棒を務めるんだもんな。
『繋ぎ役』なんて卑下して、ただ守られるだけの情けない俺じゃ、あいつに顔向けできない。
『――アタシと一緒にいるのは不向きかよ!』
昨日のツバキの傷ついた声が、脳裏をよぎる。
不向きなんかじゃない。俺は、あいつの隣に自分自身の意志で立つんだ。
「――俺が、協力してやるよ」
俺は静かにそう告げると、ダルタンさんから受け継いだ盾を構え、観客席から舞台へと一気に駆け上がった。
シャドーは一瞬驚いたように目を見開き、やがて獲物を見つけた肉食獣のような、酷く歪んだ笑みを浮かべた。
「おやおや! この絶望的な状況で、このような勇敢な方がいるとは意外ですねぇ!」
シャドーが、黒い剣を構え直す。
「しかし……随分と弱そうだ。どうか、瞬殺なんていう興醒めな結末にならないことを、切に祈りますよ」
「……奇遇だな。俺もそれを祈ってるよ」
俺は盾の裏に体を隠し、低く身を構えた。
シャドーは嘲笑うかのように、俺の鈍いスピードに合わせて、盾へ向けて執拗に攻撃を繰り返した。
キンッ、ガキィンッ、と。
黒い剣が盾を打つたび、剣撃の衝撃と共に、ドス黒い、底なしの恐怖心が脳内に直接流れ込んでくる。
心が、精神が、内側からメリメリと削られていく感覚。
(怖ぇ……ッ! 立てなくなるほど、怖ぇ……!!)
それでも、俺は耐えた。
『おっさんは、言われっぱなしでいいのかよ!』
あの日、ツバキに叫ばれた言葉が、俺の心を支える。
俺はもう、言われっぱなしの受け身なEランクじゃない。
「……ッチ。しつこいなぁ!」
劇がかった台詞で余裕を見せていたシャドーの声に、苛立ちが混じり始めた。
遊びは終わりだと言わんばかりに、攻撃の威力が上がる。
盾狙いではなく、明確に俺の命を刈り取るための、苛烈な連撃。
防戦一方で、全身にダメージが蓄積していく。視界が血で滲む。
それでも、俺は決して盾を下ろさず、守りに徹した。
「なんなんだよ、お前はッ!! そんな守ってばかりで、恥ずかしくないのか!? 攻めてきなよ、この臆病者がぁッ!!」
「……生憎だが、攻める才能は欠片もないんでね」
「――ッ! なんなんだよてめぇッ! うざっ! きもっ! はやく精神ぶっ壊れるか、死ねやぁぁッ!!」
シャドーが憎悪を剥き出しにして、大振りの一撃を叩きつけてきた。
凄まじい衝撃。俺は血を吐きながら、舞台に片膝をついた。
腕の骨が折れたかもしれない。
盾を持つ感覚が、麻痺して薄れていく。
それでも。
俺は、震える足に無理やり力を込め、再度、立ち上がった。
「……万年Eランクの雑魚を、十数年も続けてるもんでね。みっともなく足掻くことに関しては、慣れてるんだ、俺は」
血塗れの顔で、俺はニッと笑ってみせた。
「それに……そんな雑魚相手に時間をかけてるから、『狂犬』がきたぞ」
「……何?」
シャドーが理解できないと言った顔をした、その刹那。
劇場の天井を突き破り、スポットライトの光を浴びながら、銀色の斬撃と共に、一人の少女が降ってきた。
「――なッ!?」
シャドーの顔が驚愕に歪み、咄嗟に上空からの斬撃を黒い剣で受け止める。
ガキィィィィィィンッ!!
火花が散り、土煙が舞う。
土煙の中から現れたのは、愛刀を構え、紅蓮の瞳を爛々と輝かせたツバキだった。
彼女は、ボロボロになってる俺を一瞥すると、シャドー相手に好戦的な笑みを浮かべた。
「――ここからは、アタシが相手だ!!」




