誰かの為にある自分
懐かしい味に舌鼓を打ちながら、俺はダルタンさんと会話を続けた。
ギデオンさんが相変わらず苦労している話や、ツバキに振り回されている話。
たわいもない近況報告をしていると、ダルタンさんと共に東都市で過ごしていた時に帰ったような、温かい気持ちになった。
「ご馳走様です。すごく美味しかった。お代は……」
「いらねぇよ。どうせお前は、貧乏な万年Eランクのままだろう」
財布を取り出そうとした俺を、ダルタンさんが鼻で笑って制止する。
結局、ダルタンさんにはいつもご馳走になってばかりだ。
そういえば、かつてこの南都市の路地裏にある美味い店を教えてくれたのも彼だった。
ふと、ダルタンさんが皿を下げる手を止め、真剣な顔つきになった。
「……なぁ、トビー。この前、東都市を出る時に俺が言ったこと。あれは少し言い過ぎたが、事実でもある」
酒場の喧騒から切り離されたように、静かな声が響く。
「冒険者を続ける道を選ぶなら、戦闘が苦手なお前にとって、これから先はもっと険しい道になる。――それでもお前は、なぜ続ける?」
俺は姿勢を正した。
これは、あの日答えられなかった、ダルタンさんへの回答だ。
「俺……誰かの為に一生懸命になれる、そんな自分でありたいんです。人の役に立ちたい。それに……放っておけない相棒も出来ました。だから、自分が役に立てる範囲をもっと広げたい……というか。その……具体的な策は、まだこれから考えるんですけど」
我ながら締まらない回答に、思わず頭を掻く。
すると、ダルタンさんは吹き出した。
「ははっ! お前は本当に、相変わらず要領が悪いな!」
そう笑い飛ばした後、ダルタンさんはカウンターに身を乗り出し、真っ直ぐに俺を見た。
「いいかトビー。ただ『役に立ちたい』と願うだけじゃなく、お前の『強み』でどう役に立てるかを考えろ」
「俺の……強み?」
「あぁ。Eランクだろうが、十数年も続けていたものがお前にはあるんだ。きっとその経験が、今のお前に力を貸してくれる」
過去の経験が、今の俺の力になる。
Eランクの経験しかない俺でも、力になるものがあるのかもしれない。
ルミオン・ギルド長に「受け身だ」と切り捨てられた俺の頭の中に、新しい風が吹き込んだような気がした。
「それと、だ」
ダルタンさんが厨房の奥から、厚手の布で包まれた重そうな荷物を持ち出してきた。
ドンッ、とカウンターに置かれたそれは、かなりの重量感がある。
「お前がもし、まだ冒険者を続けていたら渡そうと思っていたものなんだ。俺のお下がりで悪いがな」
包みを広げると、そこには使い込まれた頑丈な『盾』があった。
ダルタンさんが愛用していた、重装甲の盾だ。
「店を開く資金を用意するのに、装備はほとんど売っちまってな。愛剣か、この盾か……どちらか一つだけなら手元に残せそうだったんだが。……お前には、剣より盾の方が似合うと思ってな」
俺は目頭が熱くなるのを必死に堪え、その盾の冷たい金属の表面にそっと触れた。
「……戦士の勘、ですか?」
俺が照れ隠しに茶化すように言うと、ダルタンさんはニッと力強く笑った。
「ダルタンさん。アドバイス、ありがとうございます! 俺、やれること全部やってみます!」
盾をしっかりと背中に背負い、俺は深く頭を下げた。
「……また、ツバキも連れて飯食いに来てもいいですか?」
「もちろんだ。その時は、たんまりお代をふんだくってやるさ」
豪快に笑うダルタンさんに背中を押され、俺は酒場の扉を開けた。
外に出ると、いつの間にか雨はすっかり上がっていた。
雲の切れ間から差し込む南都市の眩しい陽光が、背負った盾をキラキラと照らしているようだった。




