かつての呪いと、懐かしき味
『ほらね。君は根本的に、受け身なんだよ』
ルミオンに突きつけられた冷たい言葉を、歩きながら何度も噛み締める。
一番腹立たしかったのは、彼女の言葉を何一つ否定できなかった自分の情けなさだった。
心のどこかで、ギデオンさんが俺のランクを特例で引き上げてくれると期待していたのかもしれない。
戦闘力のないEランクでも「トビーなら」と友好的に接してくれる、東都市の温かい環境に甘えていたのかもしれない。
規格外のツバキの隣に、何かの間違いでいられるようになって……俺自身も、『特別な存在』になれたのだと勘違いしていたのかもしれない。
(『意味なんて、俺が今ここで見つけるんだ』……か)
オークキングの変異種を前にして、冒険者として足掻くと叫んだあの日から。
俺は結局、自分から何かを変えようと動いただろうか。
華やかな南都市の大通りをトボトボと歩いていると、ポツリ、ポツリと冷たい雨が降り出してきた。
とことん、ついてない。
俺は雨宿りをしようと、路地裏にあったこじんまりとした酒場の軒先に逃げ込んだ。
少し開いていたドアの隙間から、雨を払おうと身を乗り入れた瞬間。
「おい! まだ開店してねぇよっ!」
店の奥から、険しい男の怒鳴り声が飛んできた。
「あっ! すいません!」
仕込み中か何かだったのだろう。
俺は慌てて謝り、急いで退散しようと踵を返した。
「おい! 待て! お前……トビーか?」
突如、名前で呼び止められる。
こんな他所の都市で俺の名前を呼ぶ奴なんて、いるはずが――。
恐る恐る振り返った俺は、息を呑んだ。
薄暗い店内のカウンターの奥。
そこに立っていたのは、東都市の先輩冒険者だったダルタンさんだった。
使い込まれた鎧の代わりに、前掛けを付けている。
「ダルタン、さん……!?」
頭の奥で、ダルタンさんが東都市を去る日の痛烈な言葉がフラッシュバックする。
『才能のないお前が、ギルドに所属している意味なんてないぞ』
き、気まずい。よりによって、一番会わせる顔がないタイミングで……。
「……飯でも食っていくか?」
ダルタンさんは、俺の返事を待つ前にクルリと背を向け、厨房の奥へと引っ込んでしまった。
これは、座っていけということか?
俺はズブ濡れのコートを脱ぎ、仕方なしにカウンターの隅の椅子へ腰を下ろした。
「その格好……お前、まだ冒険者続けてるんだな」
鍋を振る小気味良い音を響かせながら、ダルタンさんが背中越しに声をかけてくる。
「えぇ、まぁ……」
(また、『お前には冒険者は向いてない』って言われるかな……)
身構えながら、俺は自嘲気味に息を吐いた。
「あの後いろいろあって。実は今、あのツバキとパーティを組むことになってまして」
「お前らしいな。どうせ、断りきれなくて厄介者の面倒を見ることになったんだろう?」
フライパンを煽る手が止まることはないが、その声には昔のような呆れと、ほんの少しの懐かしさが混じっていた。
やっぱ俺って、そういう風に見られてるんだなぁ。
「えぇ。お察しの通りで。……さっきもその件で、ここのギルド長にボコボコに言われちゃいましたよ。俺は『受け身』で、いずれ彼女の足枷になるって」
不思議なものだ。
ダルタンさんにこうして話し始めると、つい口が軽くなってしまう。
昔からそうだ。よくダルタンさんに愚痴を聞いてもらっていたっけな。
そして最後にダルタンさんが「お前は本当に要領が悪いな!」と笑い飛ばしてくれるのが、いつものお決まりだった。
火を止め、皿に盛り付ける音がする。
「なぁ……トビー。お前、俺に怒ってねぇのか?」
ポツリと、ダルタンさんが静かな声で尋ねてきた。
別れ際に俺にぶつけた呪いのような言葉を、彼はずっと気にしていたのだろう。
「ビックリはしましたけど、怒ってないですよ。だって俺、ダルタンさんの『頼れる先輩』としての背中の方を、ずっと多く見てきましたから」
俺が正直にそう告げると、ダルタンさんは困ったような、ひどく呆れたような顔をして振り返った。
「……お前は、ほんっとにそういう奴だよな、トビー」
コトリ、と。
湯気を立てる温かい皿が、俺の目の前に置かれた。
それは、昔一緒に野営の火を囲みながら、ダルタンさんが振る舞ってくれた、あの懐かしい焼き飯だった。




