否定されたEランクの意志
ツバキは宿屋に戻ってはいるようだが、昨日から何度部屋をノックしても返事一つ返ってこない。
出会ってから今までで、間違いなく一番の不機嫌だ……。
仕方なく一人で宿を出て街を歩いていると、大通りの中心に大きな人だかりができているのが目に入った。
その中央には、黄金に輝く豪奢な軽鎧に真っ赤なマントを羽織り、これまた黄金に輝くウォーハンマーを背負った巨躯の男がいた。
「いやぁ! 皆、そんなに集まってこられたら困るよ! 今、俺は街の巡回を行なっているのだからね!」
やけによく通る声と、芝居がかった大仰なポーズ。
『太陽』の二つ名を持つ、南都市の圧倒的スター・ゾランその人であった。
(……すごい人気だな。というか、とてもスランプで引きこもっていたとは思えないほど元気な様子じゃないか)
ゾランさんは集まったファンへ一通り愛想を振りまいた後、去り際にわざとらしく声を張り上げた。
「そうそう! いま、あの東都市の特例Aランク冒険者がこの南都市に来ているらしいんだ! もしかしたら、この俺と夢の臨時パーティ……なーんてこともあり得るかもね!」
バチッとウィンクをして、そのまま悠然と巡回に戻るゾラン。
途端に、期待に満ちた歓声でざわつく民衆。
よく見れば、群衆の最前列にいた記者らしき人間が、ものすごいスピードで手帳にペンを走らせていた。
(……おいおい。俺たちはまだ、クエストの承諾なんてしてないぞ……?)
まさか、メディアを使って外堀を埋めに来ているのか。
俺はその足で南都市ギルドへ向かい、足早にルミオン・ギルド長への取り次ぎをお願いした。
再び通された豪奢なギルド長室。
「ルミオン・ギルド長。すでに昨日の話が進んでいるような記事や噂が出回っているようですが、どういうことですか?」
ルミオン・ギルド長は、俺の背後にツバキがいないことを確認すると、露骨に退屈そうな表情を浮かべた。
「ギルドからの正式発表は、あくまで『君たちの返事待ち』としているよ。……で、回答は何時ごろもらえそうかな?」
悪びれる様子など微塵もなく、優雅に紅茶のカップを傾ける。
「こんな、外堀を埋めるような手を使ってくるなんて酷すぎます。申し訳ないですが……ここできっぱりとお断りとさせて頂きます」
俺はルミオンに対する不信感を露わにし、毅然と断る決意を口にした。
「そうかい。……では、ツバキ君の回答はいつ貰えそうかな?」
「なっ……」
俺の回答など最初から『オマケ』だと言わんばかりの態度に、思わず目を剥く。
「パーティとして、お断りするという意味ですよ!」
「恐らくだが、その回答はツバキ君に確認を取っていないだろう? 君は彼女の保護者か、それともパーティリーダー気取りかい?」
容赦のない指摘に、言葉を詰まらせる。
「勘違いしないでくれよ。ギルド長である私からの依頼だよ? 一介の冒険者がそれを無下に断るということがどういう意味か、大人の君なら分かっているんだろう?」
淡々と、だが確かな圧力を持って続く言葉。
これが、一都市を束ねるトップの凄みか。冷や汗が背中を伝う。
「……お、俺がEランクだから。俺の意見は取るに足りないと言うんですか?」
低ランクの言葉は、頭から蔑ろにされるというのか。
俺が震える声で抗議すると、ルミオンはまるで出来の悪い生徒を見るような、ひどく冷めた目を向けた。
「確かに、それは一つの答えだね。ランクというのは、ギルドが定めた明確な指標だ。『強さ』という絶対的な価値のね。……君には、その価値がない。もし『自分には違った価値がある』と主張するのなら、ただ口で文句を言うのではなく、自ら示してみせてくれ」
そんなこと言われても……ギルドの評価基準は『強さ』だけじゃないか! 戦闘力のない俺に、どうしろっていうんだ!
「ギルドの基準は強さだけなのに、そんな無茶なことを……っ」
「ほらね。君は根本的に『受け身』なんだよ」
ルミオンが、ピシャリと扇子を閉じた。
「自分から評価の土俵を作ろうともせず、ただ既存のシステムの中で『評価されるその時』を指を咥えて待つのかい? ツバキ君と組んでいるのも、彼女の才能にぶら下がり、ただなんとなく流されているだけなんじゃないかい?」
「それは……っ!」
図星を、それも一番痛いところを深く抉られ、俺は反論の言葉を見失った。
「さて、君の個人的な人生相談を受けているほど、私は暇じゃない。君の『個人的な』回答は受け取った。さっさと出ていってくれ。次から私と会う時は、ツバキ君との同席が必須条件だよ」
完全に論破され、存在価値すら否定された俺は、逃げるようにギルド長室を後にするしかなかった。




