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東の狂犬は、万年Eランクにしか懐かない  作者: 揚げ太郎
【第1章】狂犬との出会い
11/85

万年Eランクは冒険者として叫ぶ

数週間後。

体の傷は癒え、俺はギデオンさんに無理を言って時間を作ってもらった。

俺は、震える手で一通の書類を差し出し、静かに告げた。

「ギデオンさん。今まで、いろいろと面倒をみてくれて……本当にありがとうございました」

顔を上げると、そこには今まで見たこともないような、悔しげに顔を歪ませたギデオンさんがいた。

「……トビー。もう少しだけ、俺に時間をくれないか。君をギルド職員として正式に雇い入れられるよう、もう一度本部に掛け合って――」

「ギデオンさん。俺なんかに、そんな労力をかけるのは無駄ですよ」

沈黙が流れる。これ以上、言葉を重ねれば決心が鈍ってしまう。

「ありがとうございました」

俺はもう一度深く頭を下げ、逃げるようにギルド長室を後にした。

ギルドを出る直前、カウンター越しにクロエが声をかけてきた。

「トビーがいないと、雑用クエストが溜まってしょうがないじゃない……」

クロエは俺と目を合わせず、そっぽを向いたままだ。

「……元気でね」

その声がかすかに震えていたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

借家に戻り、故郷へ帰るための荷造りを進める。

一攫千金を夢見て、この街に来て十数年。結局、何者にもなれなかった。

(……この街ともお別れだな。)

センチメンタルな気分に浸っていた、その時だった。

――ドゴォォォォォォォォンッ!!

空気を震わせるような爆発音が、街の静寂を切り裂いた。

「なんだ!? 大門の方角か!?」

反射的に体が動く。だが、すぐに足を止めた。

……俺はもう、冒険者じゃない。そもそも、戦闘力のない俺が行って何になる?

だが、窓の外からは街の人々の悲鳴が聞こえてくる。

そうだ。引退届を出したとはいえ、受理されるのは明日のはずだ。

「――今日までは、まだ俺は冒険者だ!!」

俺は大門へと駆け出した。

門に到着した俺の目に飛び込んできたのは、地獄のような光景だった。

破壊された大門。雪崩れ込むオークの群れ。逃げ惑う住民たちと、あまりの事態に混乱し、足の止まっている冒険者たち。

「皆! 住民の避難誘導は俺がやる! お前たちはオークの対応に集中してくれ!」

俺の怒鳴り声に、若い冒険者たちがハッと顔を上げた。

「トビーさん……! わかりました! 住民をお願いします!」

混乱していた現場が秩序を取り戻す。

俺は東都市の防衛ラインまで、住民たちを一人一人誘導していく。やるべきことが明確になった冒険者たちも、本来の力を発揮してオークを押し返し始めた。

(……このまま押し切れるか?)

だが、一つの疑問が頭をよぎる。普通のオーク程度に、この堅牢な門が破れるものか?

――ズ、ズゥゥゥンッ!!

再び、先ほど以上の爆発音が響く。

爆煙の中から現れたのは、真っ赤な体表をした『オークキング』だった。

「あれは……オークキング……?」

いや、違う。通常のキングが持つ茶色の皮膚ではない。返り血のような赤。そして、刃を全く通さない鋼のような鈍い光。

「オークキングの変異種だ!! 全員、防衛ラインまで撤退しろォッ!!」

冒険者の一人が絶望的な声を上げる。

俺も、早く逃げなければ――。

「助けてぇ! 誰かぁ! 足が抜けないよぉ!」

その時、瓦礫の山から子供の叫び声が聞こえた。

見れば、小さな男の子が倒壊した露店の瓦礫に足を挟まれ、泣き叫んでいる。背後には、迫りくる真っ赤な巨体。

俺は迷う暇もなく駆け寄った。

「もう大丈夫だ! 今すぐ出すからな!」

火事場の馬鹿力で瓦礫を跳ね除け、子供を担ぎ上げて走り出す。

直後、背後で巨大な棍棒が地面を叩きつける轟音が響いた。

「そら……そうなるよな……っ!」

逃げ遅れた俺と子供は、変異種の格好のターゲットとなり、執拗に追われ続けた。

何度も衝撃波に煽られて転び、膝を擦りむき、全身を痛みが走る。

それでも、俺は走り続けた。

(……ああ。俺、生きてるな)

心臓が破裂しそうなほど脈打っている。

誰かの為に一生懸命になれる自分が好きだった。

(冒険者、続けてぇなぁ……っ!)

都市の皆の顔が思い浮かぶ、皆の役に立ちたいとやっぱり願わずにはいられない。

『なぁ、トビー。お前はいつまで夢をみるつもりだ?』

『才能のないお前が、ギルドに所属している意味なんてないぞ』

脳裏で、ダルタンさんの声が響く。

「俺はまだ足掻くぞっ!!俺はまだ走れるんだっ!」

俺は喉が枯れるほどの声で叫び返した。

「掴むまで夢をみるんだ! 意味なんて、俺が今ここで見つけるんだ!! 俺は――俺は、冒険者なんだ!!」

防衛ラインのバリケードが見えてくる。

「トビー!? なんでここにいるの!?」

クロエが、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。

俺は渾身の力を振り絞り、担いでいた子供をクロエの手の中へパスした。

その瞬間、ぷつりと糸が切れたように、俺の膝が地面についた。

もう、一歩も動けない。

背後から、真っ赤なオークキングが、俺を圧し潰そうと棍棒を振り上げる。

「トビー! ここまで走ってこい!」

「起きてトビー! トビーッ!!」

クロエや仲間の叫び声が、遠くで聞こえる。

その喧騒の中で――聞き覚えのある、朗らかな高笑いが響き渡った。

「ハハッ! なかなか強そうなヤツじゃねぇか!」

ガキィィィィィィィィンッ!!

凄まじい衝撃波と共に、オークキングの棍棒が弾け飛んだ。

「特別戦力のアタシの出番だぁ!!」

そこには、抜刀したばかりのツバキが、意気揚々と仁王立ちしていた。

ツバキが何度か斬撃を浴びせるが、変異種の皮膚は火花を散らすだけで傷一つつかない。

「なかなかに硬いな!! なら……!」

ツバキが一度、刀を鞘に収め、低く身を構える。

空気が、一瞬で凍りついた。

次の瞬間、世界が白く染まった。

神速の抜刀。

鋼の皮膚すら紙のように断ち切られ、真っ赤な巨獣の首が宙を舞った。

ズゥゥゥン……。

オークキングの死体が地に伏し、静寂が訪れる。

「――討ち取ったぞぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

ツバキが刀を高く掲げ、勝ち鬨を上げる。

しかし……。

周囲の冒険者や住民たちは、ただ呆然と彼女を畏怖の目で見つめるばかりだった。

誰一人として、その声に続く者はいない。

あんな化け物を、あんな風に斬り伏せるなんて。

人々が抱いたのは感謝ではなく、自分たちとは相容れない「異物」への恐怖だった。

勝ち鬨を上げたまま、ツバキの表情から色が消えていく。

(……あ)

彼女が、哀しげな目をしている。俺はそう思った。

満身創痍の体を無理やり震わせ、俺は肺に残った全霊の力を込めて、拳を天に突き上げた。

「――東都市の冒険者・ツバキの勝利だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

俺の声に、まずはクロエが、そして救われた子供が、さらにはさっき俺に誘導された冒険者たちが、一人、また一人と声を上げ始めた。

「うおおおおおおおおおッ!!」

街中に響き渡る、祝福の勝ち鬨。

ツバキは驚いたように目を丸くし、それからボロボロになって笑う俺を見て、これまでで一番眩しい、笑顔を見せたのだった。

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