万年Eランクは冒険者として叫ぶ
数週間後。
体の傷は癒え、俺はギデオンさんに無理を言って時間を作ってもらった。
俺は、震える手で一通の書類を差し出し、静かに告げた。
「ギデオンさん。今まで、いろいろと面倒をみてくれて……本当にありがとうございました」
顔を上げると、そこには今まで見たこともないような、悔しげに顔を歪ませたギデオンさんがいた。
「……トビー。もう少しだけ、俺に時間をくれないか。君をギルド職員として正式に雇い入れられるよう、もう一度本部に掛け合って――」
「ギデオンさん。俺なんかに、そんな労力をかけるのは無駄ですよ」
沈黙が流れる。これ以上、言葉を重ねれば決心が鈍ってしまう。
「ありがとうございました」
俺はもう一度深く頭を下げ、逃げるようにギルド長室を後にした。
ギルドを出る直前、カウンター越しにクロエが声をかけてきた。
「トビーがいないと、雑用クエストが溜まってしょうがないじゃない……」
クロエは俺と目を合わせず、そっぽを向いたままだ。
「……元気でね」
その声がかすかに震えていたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
借家に戻り、故郷へ帰るための荷造りを進める。
一攫千金を夢見て、この街に来て十数年。結局、何者にもなれなかった。
(……この街ともお別れだな。)
センチメンタルな気分に浸っていた、その時だった。
――ドゴォォォォォォォォンッ!!
空気を震わせるような爆発音が、街の静寂を切り裂いた。
「なんだ!? 大門の方角か!?」
反射的に体が動く。だが、すぐに足を止めた。
……俺はもう、冒険者じゃない。そもそも、戦闘力のない俺が行って何になる?
だが、窓の外からは街の人々の悲鳴が聞こえてくる。
そうだ。引退届を出したとはいえ、受理されるのは明日のはずだ。
「――今日までは、まだ俺は冒険者だ!!」
俺は大門へと駆け出した。
門に到着した俺の目に飛び込んできたのは、地獄のような光景だった。
破壊された大門。雪崩れ込むオークの群れ。逃げ惑う住民たちと、あまりの事態に混乱し、足の止まっている冒険者たち。
「皆! 住民の避難誘導は俺がやる! お前たちはオークの対応に集中してくれ!」
俺の怒鳴り声に、若い冒険者たちがハッと顔を上げた。
「トビーさん……! わかりました! 住民をお願いします!」
混乱していた現場が秩序を取り戻す。
俺は東都市の防衛ラインまで、住民たちを一人一人誘導していく。やるべきことが明確になった冒険者たちも、本来の力を発揮してオークを押し返し始めた。
(……このまま押し切れるか?)
だが、一つの疑問が頭をよぎる。普通のオーク程度に、この堅牢な門が破れるものか?
――ズ、ズゥゥゥンッ!!
再び、先ほど以上の爆発音が響く。
爆煙の中から現れたのは、真っ赤な体表をした『オークキング』だった。
「あれは……オークキング……?」
いや、違う。通常のキングが持つ茶色の皮膚ではない。返り血のような赤。そして、刃を全く通さない鋼のような鈍い光。
「オークキングの変異種だ!! 全員、防衛ラインまで撤退しろォッ!!」
冒険者の一人が絶望的な声を上げる。
俺も、早く逃げなければ――。
「助けてぇ! 誰かぁ! 足が抜けないよぉ!」
その時、瓦礫の山から子供の叫び声が聞こえた。
見れば、小さな男の子が倒壊した露店の瓦礫に足を挟まれ、泣き叫んでいる。背後には、迫りくる真っ赤な巨体。
俺は迷う暇もなく駆け寄った。
「もう大丈夫だ! 今すぐ出すからな!」
火事場の馬鹿力で瓦礫を跳ね除け、子供を担ぎ上げて走り出す。
直後、背後で巨大な棍棒が地面を叩きつける轟音が響いた。
「そら……そうなるよな……っ!」
逃げ遅れた俺と子供は、変異種の格好のターゲットとなり、執拗に追われ続けた。
何度も衝撃波に煽られて転び、膝を擦りむき、全身を痛みが走る。
それでも、俺は走り続けた。
(……ああ。俺、生きてるな)
心臓が破裂しそうなほど脈打っている。
誰かの為に一生懸命になれる自分が好きだった。
(冒険者、続けてぇなぁ……っ!)
都市の皆の顔が思い浮かぶ、皆の役に立ちたいとやっぱり願わずにはいられない。
『なぁ、トビー。お前はいつまで夢をみるつもりだ?』
『才能のないお前が、ギルドに所属している意味なんてないぞ』
脳裏で、ダルタンさんの声が響く。
「俺はまだ足掻くぞっ!!俺はまだ走れるんだっ!」
俺は喉が枯れるほどの声で叫び返した。
「掴むまで夢をみるんだ! 意味なんて、俺が今ここで見つけるんだ!! 俺は――俺は、冒険者なんだ!!」
防衛ラインのバリケードが見えてくる。
「トビー!? なんでここにいるの!?」
クロエが、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
俺は渾身の力を振り絞り、担いでいた子供をクロエの手の中へパスした。
その瞬間、ぷつりと糸が切れたように、俺の膝が地面についた。
もう、一歩も動けない。
背後から、真っ赤なオークキングが、俺を圧し潰そうと棍棒を振り上げる。
「トビー! ここまで走ってこい!」
「起きてトビー! トビーッ!!」
クロエや仲間の叫び声が、遠くで聞こえる。
その喧騒の中で――聞き覚えのある、朗らかな高笑いが響き渡った。
「ハハッ! なかなか強そうなヤツじゃねぇか!」
ガキィィィィィィィィンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、オークキングの棍棒が弾け飛んだ。
「特別戦力のアタシの出番だぁ!!」
そこには、抜刀したばかりのツバキが、意気揚々と仁王立ちしていた。
ツバキが何度か斬撃を浴びせるが、変異種の皮膚は火花を散らすだけで傷一つつかない。
「なかなかに硬いな!! なら……!」
ツバキが一度、刀を鞘に収め、低く身を構える。
空気が、一瞬で凍りついた。
次の瞬間、世界が白く染まった。
神速の抜刀。
鋼の皮膚すら紙のように断ち切られ、真っ赤な巨獣の首が宙を舞った。
ズゥゥゥン……。
オークキングの死体が地に伏し、静寂が訪れる。
「――討ち取ったぞぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ツバキが刀を高く掲げ、勝ち鬨を上げる。
しかし……。
周囲の冒険者や住民たちは、ただ呆然と彼女を畏怖の目で見つめるばかりだった。
誰一人として、その声に続く者はいない。
あんな化け物を、あんな風に斬り伏せるなんて。
人々が抱いたのは感謝ではなく、自分たちとは相容れない「異物」への恐怖だった。
勝ち鬨を上げたまま、ツバキの表情から色が消えていく。
(……あ)
彼女が、哀しげな目をしている。俺はそう思った。
満身創痍の体を無理やり震わせ、俺は肺に残った全霊の力を込めて、拳を天に突き上げた。
「――東都市の冒険者・ツバキの勝利だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺の声に、まずはクロエが、そして救われた子供が、さらにはさっき俺に誘導された冒険者たちが、一人、また一人と声を上げ始めた。
「うおおおおおおおおおッ!!」
街中に響き渡る、祝福の勝ち鬨。
ツバキは驚いたように目を丸くし、それからボロボロになって笑う俺を見て、これまでで一番眩しい、笑顔を見せたのだった。




