狂犬に居場所を、自分に引導を
目を覚ますと、そこは見慣れたギルドの医務室のベッドだった。
「……生きてる……?」
身をよじろうとして、全身を走る激痛に顔をしかめる。だが、その痛みこそが俺が生き残った何よりの証拠だった。
コンコン、と控えめなノックの音が聞こえたかと思うと、扉が開いてクロエが医務室に入ってきた。
「トビー! よかった、目を覚ましたのね!」
クロエが目を覚ました俺に気が付き、安堵の表情を浮かべてベッドに駆け寄ってくる。
彼女の話によると、俺を置いて一人で帰還したツバキの報告を受けた直後、ギデオンさんがすぐに救出チームを編成し、血だまりで倒れていた俺をギリギリのところで救助してくれたらしい。
案内人としての役割すらこなせない無能が、皆にこんなにも心配と労力をかけさせてしまった。その事実が、傷よりも深く胸を抉る。
「ごめんなさいね。危険なクエストに行かせてしまって」
クロエは、俺を気遣う優しさからそう言ってくれたのだろう。
でも、今の俺にはその言葉が、『お前は冒険者じゃない』と、引導を渡されているように聞こえてしまった。
「受付の姉ちゃんいるかー? お! おっさん! 無事だったのか! 結構タフだな!」
重苦しい空気をぶち壊すように、ツバキが何の気なしに部屋へ入ってきた。
その瞬間、クロエの纏う空気が一変した。
「……何の用?」
クロエが、ツバキを親の仇のように睨みつけながら低く問いかける。これまで見たことがないほど冷ややかなクロエの怒気に、俺は思わずビクッと肩を震わせた。
「受付の姉ちゃんは、いつまで怒ってるんだよ。アタシは戦いたいんだ、早く次の敵の場所を教えてくれよ」
「またその話? ……パーティは組めたの?」
「……アタシは強いから、一人でも大丈夫だぞ!」
「誰も組んでくれないだけでしょ。仲間を置いて帰るようなやつとね」
クロエの容赦ない言葉に、ツバキが言葉に詰まる。
俺は疑問に思い、痛む体を少しだけ起こしてクロエに聞いた。
「別に、パーティじゃなくてもクエストの受注自体は可能だろ?」
「最近の討伐クエストは、前情報にない異変が起きていることを加味して、安全のために『パーティで挑むこと』が必須条件に変更されたの」
なるほどな。オークキングの一件を受けて、ギデオンさんが急遽ルールを引き締めたのだろう。
「前も言ったけど、パーティが組めたら来て。それ以外で話しかけないで。……トビー、こんな話聞かせてごめんね。また改めるわ」
クロエはツバキへの明確な拒絶を示し、冷たい視線を一度だけ向けてから、部屋を去っていった。
取り残されたツバキは不貞腐れた表情で、部屋の丸椅子にドカッと乱暴に腰を下ろした。
「なんだよ! どいつもこいつも!」
その不満げな横顔を見ていると、不思議と怒りは湧いてこなかった。
ある『決意』を固めた今の俺は、ツバキに対してただ静かで、少しだけ優しい気持ちになれていた。
「……オークキングを討伐してくれて、ありがとうな」
俺の言葉に、ツバキは少し驚いたように目を丸くして俺を見た後、気まずさを誤魔化すように、拗ねたようにプイと顔を逸らした。
「おっさんを置き去りにしたって、めちゃくちゃ怒られたけどな。……おっさんが弱いせいだ」
「ああ、そうだな。俺が身の丈に合わない変な背伸びをしたせいだ。悪かったよ」
俺が一切反論せずに苦笑いしながら答えると、ツバキは毒気を抜かれたように押し黙った。
「ツバキ。お前は『特別戦力』なんだから、そんな不貞腐れずに、有事の際は都市を助けてやってくれよ」
「……!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ツバキの瞳にパァンッ!と光が灯った。
「特別戦力! かっこいいなそれ! なるほど! アタシは強すぎるから普段は待機で、緊急時の特別な時にだけアタシの力が必要になるってことか!」
ウンウンと大げさに頷き、すっかり機嫌を直して納得するツバキ。
「よし! そういうことなら、今は鍛錬あるのみだな! ギルドの連中がアタシに泣きついてくるまで、家に戻って鍛錬してくる!」
そう言うと、ツバキは来た時と同じように嵐のように部屋から駆け出していった。
バンッと閉まった扉と、遠ざかっていく元気な足音。
俺は、誰もいなくなった静かな医務室の天井を見上げた。
あいつみたいな、強くて真っ直ぐなやつこそが『本物の冒険者』なのだろう。
俺は、長いこと夢を見ていた。
実力に見合わない、分不相応な夢だ。
――もう、夢から覚める時なんだ。
冒険者を、引退しよう。




