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9話 融通の効かない剣士

 しばらく歩くと、ただならぬ音が聞こえてきた。木が斧で切り倒されるような音だ。僕らは慌てて音がするほうへ向かう。嫌な予感がする。ルシアンが言っていたことが正しいなら、この先には門番がいるはずだ。まさか、クリスはもう……。頭によぎる最悪の未来を、僕は振り払おうとする。

「リアム、見て!」

コーラの視線の先には、無残に切り倒された木があった。切り口は不思議とささくれ一つない。斧やのこぎりで切っても、こんな切り口にはならないはずだ。木は、僕らの行く手を阻むように倒れている。切り口は丁寧だけど、金色の木の葉は血しぶきを上げるように散っていた。この木が妹だったらって考えるとぞっとしたよ。ふと、倒れた木の向こう側から言い争う声が聞こえる。お互い一歩も身を引く気がないような、猛獣の争いみたいな声だ。

「クリスの声だわ」

「……行こう!」

僕は意を決して倒木をよじ登る。そこには、いまにも噛みつき合いそうな二人の猛獣がいた。一人は燃えるような赤茶色の瞳に、ぼさぼさの茶髪。クリスだ。クリスと向き合っているのは、鎧を着た、おかしなクマのぬいぐるみだった。見た目はテディベアみたいだけど、顔には無数の縫合跡があった。左目には洋服のボタンをあしらった眼帯をしていて、もう片方の目は燃え盛る橙色の火みたいだ。頭のてっぺんは縫い跡が破れていて、その中から綿が髪の毛のように飛び出ている。絵本に出てくる勇敢な騎士のような鎧を着ていて、右手には銀色のレイピアを握りしめている。あまりにもちぐはぐな姿で、まるでいたずら好きの男の子が、女の子の大切なテディベアを取り上げて無理やり鎧を着せたような恰好だったよ。クリスは悔しそうに拳を握り締めて、テディベアのナイトを威嚇している。

「お前なんかに様はねぇんだ。さっさとそこをどけ!」

「そうはいかんのだ! 魔王に仇なす者よ。拙者が成敗いたす!」

テディベアの騎士は、レイピアを振り上げてジャンプする。クリスはとっさに横に躱した。テディベアは勢い余って僕らがいる倒木のほうまで跳躍してきた。日の光に照らされて白銀色に輝くレイピアが僕らに向かってくる。

「避けて!」

コーラの声で、僕は慌てて倒木から離れる。地面に転げ落ちて、僕は薄ら涙を浮かべた。モーガンの比じゃない。あのテディベアは本当に僕らを殺す気だ。コーラも僕と同じタイミングで、殺人テディベアの斬撃を躱す。テディベアのレイピアはレイピアとは思えない威力で、倒木を真っ二つにした。

「アンタ等……どうしてここにいるんだ」

クリスが面食らったみたいに驚く。クリスが驚いた顔なんて初めて見たな。う~ん、助けに来た、ってわけじゃないし。迎えに来た、なんて言ったら余計なことするなって言われそうだし。

「卑怯な女だ。仲間を隠していたとは」

「ふざけんな! あれは仲間じゃねぇ」

殺人テディベアの言葉を、クリスは即座にさえぎる。せっかく連れ戻しに来たのにそんな言い草なんて。ヒーローっぽく助けに来たって言わなくてよかったよ。生きててよかったけど。サイコロステーキみたいにされた妹なんて見たくないからね。

「よく見たら小童と星の妖ではないか。だが、拙者は女子供でも容赦はせぬぞ」

外見に似合わない古めかしい口調と、おじさんみたいな低い声で、殺人テディベアは僕らを嘲笑する。まるでパパとママが昔見ちゃいけないって言っていた映画に出てくるテディベアみたいだ。レイピアについた木くずを振り払って、殺人テディベアは今度こそ僕らをスライスしようと構える。

「私達、この先に行きたいの。通してくれないかしら」

「星の妖よ、答えはわかっておろう。拙者は魔王様の命により、この森を守る門番なり。ここを通るものは、蟻一匹たりとも逃がしはせぬ」

コーラの頼みを切り捨てるように、殺人テディベアは言い放つ。一分遅刻しただけでも校庭を走らせる体育教師みたいに、堅苦しい口調だ。僕がどんなに感動的な反省文を書いても、たぶんこのテディベアは反省文ごと僕をシュレッダーにかけるだろう。

「待ってよ、僕たちはその……別の世界から来たんだ。だからただ元の世界に帰りたいだけで……」

「訳のわからぬことを言うな! この先に進もうとする者は魔王様の敵、このアルバートが八つ裂きにしてくれるっ!」

テディベア、アルバートは僕の言葉をさえぎって、レイピアで僕を串刺しにしようと向かってくる。僕は慌てて、猛進してくるアルバートを躱した。殺人テディベアが縫い跡だらけでぎこちない表情を浮かべながら向かってくるのは、ホラー映画みたいに不気味だったよ。アルバートは侵入者が逃げたことに気づくと、首にかかった茶色いスカーフを翻して、僕のほうに向きなおった。橙色の目に睨まれて、僕は身がすくんだ。生きた心地がしないよ。

「どうした小童、かかってくるがいい。拙者を倒さぬと貴様らが死ぬだけだぞ」

アルバートは次の一撃を繰り出そうと腰をかがめる。僕は死に物狂いで走って、近くの木に隠れた。シャツに汗が張り付いて気持ちが悪い。こんなに命がけで走ったのは人生で初めてだよ。コーラは心配そうな顔つきで、僕に寄り添う。

「だめだよ、コーラ。僕から離れないと君までやられちゃうよ」

「私はあなた達を導く役目があるの。逃げるわけにはいかないわ」

コーラはさも当然のように言う。威勢はいいけど、僕のせいで本当に星屑になっても恨まないでね。アルバートが動いたのか、地面を蹴る音が聞こえる。と、僕らの隠れていた木が、首を撥ねられる様に切りとばされた。切り株になった木の向こう側には、不敵な笑みを浮かべたテディベアがいる。

「どうした、腰抜けめ。もう後がないぞ」

アルバートは壁の隅で震えている鼠を見つけた猫のように、じりじりと僕らに近づく。疲労と恐怖で、僕の足は動きたくても動けなかった。それに気づいたのか、コーラは僕の前に出る。体を発光させて、コーラはアルバートを睨み付けた。

「この子は殺させないわ。この子を斬るなら私を先に斬って」

「ほう、そっちの腰抜け小僧とは違って勇敢な妖だな。では、望み通りにしてくれる!」

アルバートは感心しつつ、目の前の勇敢な星の宇宙人にレイピアを振り下ろす。僕はコーラを助けようとしたけど足が動かなかった。……情けないよ。目の前でコーラが殺されちゃうかもしれないのに、何もできないなんて。コーラは覚悟を決めたようにその場から動かない。駄目だ。あんなおっかないテディベアに勝てるわけがない。その時、アルバートの綿の詰まった頭に、木の枝が当たった。アルバートは一旦攻撃の手を止めて、木の枝が飛んできた方向を見る。枯れ葉の道を挟んで反対側に、クリスがいた。息を荒げて、腕に木の枝を何本か抱え込んでいる。

「おい! 石頭のテディベア。お前の相手はアタシだ」

額に浮かんだ汗をぬぐって、クリスはアルバートに聞こえるように叫ぶ。心なしか声が震えていた。アルバートは自分に枝を投げつけた身の程知らずのほうを見ると、森の木々を震わせるように笑う。僕もコーラも、その笑いが何を表しているのか分かった。それと同時に、そうであってほしくなかった。

「いい度胸だ、女。では、貴様から切り捨ててくれよう!」

アルバートは僕らそっちのけでクリスの方へ走っていく。クリスは腕に抱えた木の枝の一本を取り出して、アルバートの攻撃を防ごうとした。このままじゃ、クリスはテディベアによってバラバラにされちゃう。……助けないと。もし僕が本当にヒーローなら、目の前の妹一人も助けられないなんて情けないじゃないか。震える足を突き動かして、僕はさっきクリスが投げつけた木の枝を拾う。そしてあろうことか、アルバートに向かっていった。我ながら無謀だと思ったよ。ヒーローだって勝てる相手と勝てない相手の区別なんてつく。でも、僕はヒーローじゃない。クリスの兄だ。

「やめて! リアム。あなたが勝てる相手じゃないわ」

「バカ! アンタの手なんか借りる気はねぇんだよ!」

コーラとクリスの声が聞こえる。それでも僕は進み続けた。クリスが軽々と持っていた木の枝でも、僕にとっては重く感じる。一撃でも当たればいいんだ。それでクリスから僕に狙いがそれるならね。アルバートは後ろから走ってくる僕に気づいて、レイピアの矛先を向ける。

「ほう、向かってくるだけの勇気があるようだな。よかろう、かかってくるがいい!」


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