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10話 魔法

 アルバートのレイピアと僕の木の枝がぶつかり合う。重い一撃がのしかかって、僕は思わず目をつぶった。多分、目を開けたら目の前にはお花畑が広がっていると思う。それか、切られたことに気づいていない僕の無残な姿かな。腕がびりびり痺れる。足もひんやり冷たくなってきた。クリス、コーラ、今のうちに逃げるんだ。

「なっ、貴様! その剣は一体……」

アルバートの声に、僕は目を開ける。えっ? 僕、生きてる? 緊張で高鳴る心臓の音。指先から肩までしっかり付いている両腕。足も両方ある。目の前には橙色の目をむいたアルバートがいた。目を開けた途端、両腕が熱くなる。僕が握っていた木の枝は、絵本で騎士が持つような剣に代わっていた。白く光る刃が、レイピアとぶつかって火花を散らしている。視界の隅でコーラが信じられないものでも見るように驚いていた。突然のしかかった剣の感覚に耐え切れず、僕は剣から手を放す。その弾みで、アルバートはバランスを崩して地面にめり込んだ。僕も尻もちをついて薄ら涙を浮かべる。僕の手から離れた剣は宙を舞って、僕のそばの茂みに突き刺さった。アルバートはぐったりとしていてピクリとも動かない。……えっ、もしかして死んじゃった? 僕は殺人テディベアを殺しちゃったのか。ほっとすると同時に、新たな不安がよぎった。やっぱりテディベアを殺したら、罪になっちゃうのかな。

「リアム、大丈夫?」

コーラが羽みたいに生えている光の帯で、僕の手を取る。星に触ったのは多分最初で最後だよ。コーラの帯は本当に人間の手みたいな感触で変だった。宇宙人の手は案外暖かいんだね。

「ビビリのくせに無茶しやがって」

クリスが乱暴に僕の胸を叩く。大きい手で叩かれて、僕はまたひっくり返りそうになった。テディベアには打ち勝ったけど、クリスに打ち負かされるかと思ったよ。クリスは僕の胸を叩いた後は、僕と目を合わせないようにしていた。

「む……う……」

呻き声が聞こえて、僕の額には冷や汗が垂れた。さっきまで動かなかったテディベアが、頭をさすりながら起き上がったんだ。クリスとコーラは慌てて、アルバートのほうに向きなおる。

「クソっ、まだ動くのか!?」

「貴様らを倒すまで、拙者は倒れるわけにはいかぬ。今度こそ俺は守り通すのだ」

アルバートはよろめきながらも僕らのほうへ向かっていく。レイピアがいまにも手から抜け落ちそうだ。多分このテディベアは自分がぼろ雑巾のようになるまで、地球を守るロボットみたいに戦い続けるだろう。そう考えるとなんだかこのテディベアがかわいそうになってくる、クリスは木の枝を拾い上げて、いつでもアルバートに殴りかかれるようにしていた。深手を負っていても殺人テディベアだ。受ける痛みなんて気にしないで僕らを切り刻むだろう。

「待って、クリス。君が戦う必要はないよ」

「アンタに命令されるいわれはねぇって言っただろ。こいつはアタシの相手だ!」

声を張り上げるクリスを、僕は両手で制す。いつもの僕だったら、ここで折れていると思う。でも、クリスだって言うことを聞かない猛獣というわけじゃない。モーガンを見逃してくれた時にそれが分かったんだ。クリスはしばらく僕をにらみつけていたけど、しぶしぶ木の枝を降ろした。僕はふらついているアルバートの前に歩み出た。アルバートは剣を持っていない僕を見て、獲物はどうしたと言わんばかりに目を丸くしている。死刑囚ってこんな感じなのかな。丸腰でアルバートの前にいる僕は断頭台にかけられた死刑囚みたいだ。

「アルバートさん、あなたがここを守っているのには深い理由があるんだよね? 僕らにもこの先に行く深い理由があるんだ。だからここを通してくれないかな?」

ダメ元で僕はアルバートに頼む。きっとアルバートは怒り狂って僕の首をはねるだろう。それでもクリスとコーラが助かればいいんだ。僕は深手を負ったテディベアと戦いたくなんかない。これ以上の戦いなんて無意味だ。

「貴様らの深い理由なぞ簡単だ。この先に行って魔王様を殺すのだろう」

アルバートは僕の申し出をあっさり突っぱねる。こうなることはわかっていた。

「じゃあ、僕のことは八つ裂きにしてもいいから、あの二人を代わりに通してくれないかな?」

僕の申し出に、アルバートは橙色の瞳を見開く。コーラも驚きのあまり、息をのんだ。

「駄目よ! リアム」

「死ぬつもりか!?」

コーラとクリスは交互に僕を止めようとする。でも、僕はその場を離れなかった。コーラはともかく、クリスに止められたのは意外だったよ。それならなおさら二人を死なせるわけにはいかない。……自分でもどうして身代わりになろうとしているのか分からなかったよ。ただ、戦わないならこうするしかない。

「……本気か? 貴様、拙者を図っているわけではないだろうな」

「…………僕は本気だ」

僕はアルバートから視線を外さない。それを見て、アルバートはレイピアを握りしめて、僕の真上まで振り上げる。コーラとクリスは今にも飛び出してきそうだけど、僕の気持ちを汲み取ってくれたのかその場で踏みとどまっている。二人の瞳はわずかに震えていた。

「大した度胸だ。ならば、望み通りにしてくれる!」

アルバートの剣が一気に振り下ろされる。コーラとクリスは思わず、アルバートめがけて飛び出した。でも、レイピアを振り下ろすほうが速い。ああ、僕の人生はここで終わりだ。この世界で死んだら僕はどうなるんだろう? 哀れな少年、リアム・スタンフォードは殺人テディベアに切り刻まれてしまいました、おしまい、って書かれるのかな。レイピアが僕を両断するかしないかと思ったその時、レイピアは僕の目の前で止まった。コーラとクリスも駆け寄るのを止めて、茫然としている。……え? どういうことだろう。アルバートは俯き、レイピアをこれ以上振り下ろす気配がない。

「…………貴様の覚悟、本物のようだな」

アルバートは僕からレイピアを離して、腰の鞘に収める。そしてぬいぐるみの顔に似合わない、ひきつった笑顔を浮かべていた。僕は訳が分からず、きょとんとする。てっきりアルバートに斬り殺されると思ったのに、アルバートは武器を収めた。さっきまでアルバートから放たれていた殺気も、今は感じられない。

「武器を使わずして拙者を負かそうとする者は初めてだ。……よかろう、通るがいい」

アルバートは僕に剣を返す。本当にもう僕を斬り殺す気はないみたいだ。僕は恐る恐る剣を受け取る。剣は僕の手に乗ると、元の木の枝に戻った。

「どういう風の吹き回しだ? お前はここを守る必要があるんだろ?」

「拙者は魔王様に仇なす者を通さないだけだ。話し合いを持ちかけた貴様なら魔王様を殺すことはないだろう」

屁理屈じみた言い回しで、アルバートはクリスに答える。クリスは納得していないような様子で地面にある枯れ葉を蹴飛ばす。アルバートは一息ついて、僕の方を見た。

「いいの? あなたは私達を通したりして」

「星の妖よ、これ以上の余計な詮索は無用だ。拙者の気が変わらないうちに通るがいい」

アルバートはそれ以上何も言おうとしない。ただ、森の奥の方を指し示していた。アルバートの示す方には大きな門があった。昔のお城の庭によくありそうな、黒い金属製の門だ。

「ありがとう、アルバートさん」

僕はアルバートにお礼を言って、門の方に進んでいく。コーラとクリスはアルバートを警戒しながらも、歩き出した。門の側に立つ並木にも人一人いない。本当に僕たちを騙すわけでもなく、アルバートは通してくれるみたいだ。

「待て、小僧」

アルバートは思い出したように、僕を呼び止める。コーラは即座に僕の側に寄って、僕を守る体勢に入った。でも、どうやらその必要はないみたいだ。

「この先は拙者より強い者が沢山いる。そやつらには貴様の甘さが通用しないであろう。だが、拙者は貴様の健闘を祈るぞ」

アルバートは縫い目だらけの口の端をぎこちなく上げる。ちょっと前まで僕を殺そうとした相手とは思えないよ。でも、忠告してくれるのは嬉しい。

「分かったよ。気をつけるね」

「貴様の旅路を行くがいい。小さき者よ」

門を通る僕らの後ろ姿を、アルバートは背後から斬りかかりもしないで見送る。


門を抜けると、木々が僕らを通すように広がっていた。その先には、小さな町がある。僕らはアルバートの声援を背に受けて、歩いて行く。森を抜けるのはすぐだったけど、その間にクリスは一度も僕らの先を行こうとはしなかった。僕には、その時間が変に長く感じたんだ。


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