11話 お菓子の町
僕らは、ひょっとしておとぎ話の世界に迷い込んじゃったのかな。大きな犬の魔獣にしゃべるテディベアの騎士。今まで信じられないことばかりが起こってたけど、この町を見て僕は確信した。森を出た先にあった町は、昔話に出てきそうなお菓子でできた家ばかりだ。家の屋根はカステラでできているみたいで、その上にはクリームの煙突がある。家のドアは大きな板チョコを一枚丸ごと使ったみたいで、見ているだけで虫歯になりそうだ。こういうファンシーな世界観は、僕は好きじゃない。目が痛くなるからね。隣人のジョージ兄さんの妹のハリエットなら、喜んでお菓子の家に飛びつきそうだけど。
「おい、星クズ。ここからはどこに行けばいい?」
「この町の先には湖があるわ。そこを抜けたら魔王の城があるはずよ」
コーラはもはやクリスの暴言を気にしていない。あきれてもう訂正する気も失せているのかな。まさか星クズ、何て呼び方が気に入っているわけじゃないし。それにしても、町を抜けてもその先に湖があるなんて。僕らは本当に図書館に帰れるのかな。
「そうと決まったらさっさと行くぞ。この町にいつまでもいたくねぇからな」
「あら? もう一人で行ったりしないの?」
僕らを先導しようとするクリスを、コーラは揶揄する。クリスの目元が一瞬ピクリと動いた。僕もクリスはてっきりスタスタ行っちゃうと思ったよ。
「フン、考えてみれば一人で図書館に帰るのも不自然だからな。お前に道案内されるのは気に食わねぇが、それしかねぇだろう」
クリスはそっぽを向いて腕を組む。よかった。僕のことを心配してくれたかどうかは分からないけど、とりあえずクリスが一人この世界で無惨な姿になることはないみたいだ。
「じゃあ、一緒に来てくれるんだね」
「今のところはな。ただ、勇者ごっことか馴れ合いとかはナシだ」
近づこうとする僕を、クリスは手で制す。……クリスらしいや。僕も正直馴れ馴れしいクリスなんて見たくない。クリスはやっぱり僕に牙をむく猛獣でなくちゃ。コーラも苦笑いを浮かべている。こうして三人になった僕ら一行は、町の中に入っていった。
驚いたよ。町もお菓子なら、ここの住民もお菓子みたいだ。僕らが入ってきて出会った第一町人は、クリスマスのジンジャーブレッドマン(人型の生姜入りクッキー)みたいな姿だ。クリームでできた口をパクパクさせて、僕らに近寄る。クリスは気味が悪いといわんばかりに、後ずさりした。生姜入りクッキーは僕も嫌いじゃないけど、喋る生姜入りクッキーなんて食べたくないよ。
「ナントまあ! あのモリから来た客人サンなんて珍シイ! 最近あのモリのナイトサンがうるさいせいで、めっきり客人サンが来なかったのだヨ」
わざとらしいほど軽い口調で、喋るクッキーは作り物の口をせわしなく動かす。生姜入りクッキーだけど、その口調は辛辣じゃなかった。このジンジャーブレッドマンは生姜の代わりに砂糖が入っているのかな。クリスはペラペラ喋るクッキー男を見て、ますます気を悪くする。
「客人サンだって?」
「ホントだ! 可愛い客人サンだヨ!」
お菓子の家からぞろぞろと、歩く生姜クッキーが出てくる。髪代わりにイチゴのクリームが付いていたり、ブルーベリー色の砂糖の目をしていたり、若干見た目が違う。でも、こんなにうじゃうじゃいると、いくら甘党でも悲鳴を上げるだろう。クリスはたまらず側の家のフェンスを引き抜く。あーあ、そんなことをしたら生姜クッキーが一気に殺人クッキーに変わるかも知れないよ。
「何だ、お前ら!?」
「落ち着いて、客人サン。そのフェンスは食べられるけど食べちゃ駄目なノ!」
クッキー達が慌ててクリスを止めようとする。クッキー達に押さえつけられて、クリスはじたばたもがく。
「待って、私達はこの先に行きたいだけよ」
コーラの言葉に、クッキー達は手を止める。クリスも気味が悪くなったのか、手にしたフェンスを放り投げた。僕らの周りは、すっかりジンジャーブレッドマンに取り囲まれている。作り物の目に見つめられて、僕はぞっとしたよ。
「何ですト!? 客人サン、この先に行くのは止めた方がいいデス。この先の湖には、最近恐ろしいドラゴンが住み着いていマス」
髭のようなチョコクリームが付いた生姜クッキーが、手をばたつかせて僕らの方にやってくる。ガムシロップ状の汗をかいていて、ただ事じゃないみたいだ。ジンジャーブレッドマン達も口々に騒いでいる。
「ドラゴン?」
「そうデス。とても欲張りで、強いドラゴンがいるのですゾ。我々の妻も娘も皆、ドラゴンにさらわれてしまいましタ」
髭の付いたクッキーはがっくりと肩を落とす。そんなぁ、テディベアの騎士の次は恐ろしいドラゴンだなんて。今度こそ命が持たないよ。他のクッキー達も欠片がポロポロ落ちそうな勢いで体を震わせる。コーラは変だと首を傾げていた。
「可笑しいわね。この先の湖にはドラゴンなんていなかったはずよ」
「あのドラゴンは魔王の配下としてあの湖を支配しているのデス。客人サン、悪いことは言いまセン。行かない方がいいデス」
クッキー達がまた騒ぎ始めた。クリスはたまらず耳を塞ぐ。こんなに甲高い声で小鳥みたいに騒がれると、鼓膜が破けそうだ。
「あーあー! うるせぇ! ようはそのドラゴンをぶっとばせばいいんだろ」
頭に火が付いたようにクリスはクッキー達を怒鳴りつける。自分よりも背が高い人間に圧倒されて、クッキー達は身がすくむ。クリスも大声を出しすぎたのか、がっしりとした肩を小刻みに震わせていた。僕も耳栓をしておけば良かったな。近くで大声を出されて帽子が吹き飛ぶかと思ったよ。髭のクッキーはしばらく硬直していたけど、クリスの言葉に漫画のワンシーンのように飛び上がった。
「ナントまあ! あのドラゴンを倒すおツモリで!?」
「お止めなサイ! 湖に引きずり込まれてしまうヨ!」
クッキー達のざわめきが大きくなる。クリスは大砲を撃つように、大きな足で地面を鳴らす。それを合図に、クッキー達は静まった。
「ごちゃごちゃ言うな! お前らだって仲間をさらわれているんだろ? だったら取り返すしかねぇじゃねぇか!?」
お菓子の家が崩れるんじゃないかと思うぐらい大きい声を張り上げるクリス。ものすごい剣幕のクリスに、さすがのクッキー達もそれ以上は何も言わない。よかったよ。怒りのあまり、クリスはクッキー達を食べない代わりに、粉々になるまで殴るかと思ったよ。
「おお、素晴らしい客人サン! あなた方はこの町の救世主デス!」
髭のクッキーがクリスに手を合わせる。って、シスターさんに手を合わせて祈るのは分かるけど、クリスは祈りなんか届かない凶暴なシスターだよ。クリスも顔をしかめて髭のクッキーの手を払う。
「止めろ。正義の勇者なんてまっぴらごめんだ」
クリスはふて腐れてそっぽを向く。それを見て、コーラと僕は顔を見合わせて笑っていた。なんだ、万年仏頂面だと思ったけど案外そんな顔もするんだ。普段のクリスは可愛げがないけど、こうしてよく見ると、目鼻立ちは整っているな。
「ありがとう、クリス。あなたはやっぱり勇者だわ」
「ハァ!? 勝手に決めるな!」
コーラにも茶化されて、クリスは鼻息を荒くする。やっぱりコーラはコーラなんだね。あくまでも自分の使命に忠実だよ。あがめるように群がるクッキー達を追い払おうとするクリスを見て、僕は苦笑する。考えてみれば、この世界に来てからクリスはよく話すようになった気がするな。それとも、元々はクリスもおしゃべりだったのかな。考えれば考えるほど、僕にはクリスが生姜のように辛口な妹じゃないように感じられた。




