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43話 『小さな騎士の物語』

 光が収まると、僕とクリスは何処かの建物の中にいた。周りには本が床に散らばっていて、窓は夜空を映している。窓の側の机には、ブーツの後がくっきり付いていた。

「ああ、二人とも。ここにいたんだね」

クリスより遙かに大きい人が本棚の脇から出てくる。オズボーンさんだ。額に浮かんだ汗をハンカチで拭って、オズボーンさんは僕らを見つけると、安心したように一息つく。

「オズボーンさん……」

「お父さんとお母さんが外で待っているよ。さあ、おいで」

状況が飲み込めていない僕を不思議そうに見るオズボーンさん。クリスも目を丸くしたまま、その場に立ちすくんでいた。僕達は……本当に元の世界に戻ってきたのかな。見慣れた人、見慣れた光景。全部僕が知っているものだ。オズボーンさんは散らばった本を本棚に戻し始める。ふと、オズボーンさんは床に落ちている一つの本に目をとめた。

「おや、この本は……?」

開きっぱなしの本を、オズボーンさんは丁寧な手つきで手を取る。何も書かれていない、古びた本。僕らが読んで、コーラ達がいた世界に飛ばされた本だ。オズボーンさんは老眼鏡に手を当てて、本の表紙を注意深く見る。

「『小さな騎士の物語』……。見たことのない本だね」

オズボーンさんはじっと本を見つめている。しばらくして、オズボーンさんの眉が上がった。

「作、オズワルド・オズボーン……。おや、私の先祖の中に、こんな名前の人がいた気がするな」

オズボーンさんの言葉に、僕らが驚かなかったわけがないよ。クリスも僕も、オズボーンさんをじっと見ていた。確かに、オズボーンさんの方がオズワルドより遙かに年上だけど、所々似ている点がある。紫色の目に、白髪に混じる銀色の髪。オズボーンさんを若くしたらオズワルドそっくりだよ。

「オズボーンさん、その本を読んだら僕ら、別世界に行っちゃったんだ。その本は何も書かれていないけど、魔法の本なんだ」

「そうだ、コーラって言う星の妖精がいて、そいつは実は人間で……」

僕らは慌ててオズボーンさんに事情を話す。オズボーンさんは最初は困っていたけど、真剣な顔つきで僕らの話を遮らず、最後まで黙って聞いていた。

「…………そっか。君達はすごい冒険をしてきたんだね。顔を見れば分かるよ」

オズボーンさんはそう言って、にっこりと笑う。クリスは照れくさくなって、顔をそらした。一体、僕達はどんな顔をしているんだろう。でも、オズボーンさんが最後まで話を聞いてくれたのは嬉しかった。オズボーンさんはいつもそうやって、子供の話を真摯に聞いてくれるんだ。オズボーンさんはお人好しだけど、そういう所が好きだよ。

「二人とも、なんだか一段と逞しくなったみたいだね。さあ、親御さんを心配させないために、成長した顔を見せに行こう」

オズボーンさんは僕らを手招きして、入り口の方へ行く。クリスが机に付いた足跡を拭き取って、辺りをキョロキョロ見回していた。

「あれは夢だったのか? コーラも……」

クリスが顔を俯けて、悲しげに答える。どうしてだろう。ずっと元の世界に帰りたかったのに、すごく寂しい。パパにも、ママにも、ジョージ兄さんにも会えるのに。その時、僕の目にはクリスが握り締めているものが目に入った。よれよれになっているけど、それはヒスイ色の花だ。あの平原で見た、あの花だ。

「クリス……それ……」

僕が指を指すと、クリスは手に持っている花を見る。やっぱりあの花だ。クリスは思い出にふけるように、その花を眺めていた。夢なんかじゃない。やっぱりコーラとの思い出も本当だったんだ。僕も思い出に浸るために、しばらくその花を……思い出の欠片を見ていた。

 図書館には、心なしか人が増えていた。その中には、普段見かけない人もいる。迷子になったのか、泣き腫らして真っ赤になった目を拭く、灰色の髪の男の子。オズボーンさんに頭を下げる、眼帯をした気難しそうな保安官さん。財布を大事そうに抱える、金色の指輪やネックレスを付けた男の人。入り口の側には、女の子を連れたおじさんがいた。おじさんの目の前には、女の子の両親とおぼしき人達がいた。おじさんは背が高く、恰幅が良くて、もじゃもじゃの黄土色の口ひげは羊みたいだ。それに対して女の子は小柄で、ハリエットみたいに大きな黄色い目をしている。赤い髪をポニーテールみたいに、ハート型の髪留めで止めていた。女の子の両親とおぼしき人達は、涙目になって何度もおじさんにお辞儀をしている。それを見て、おじさんは自信なさげに笑っていた。

「リアム、クリスティン。心配したよ!」

父さんが髪を掻いて、入り口で僕らを呼ぶ。僕とクリスは入り口の方へ向かった。外はすっかり真っ暗になって、僕らが図書館に来てからだいぶ時が経っているみたいだ。パパは僕らを大きな手で抱きしめてくれた。僕とクリスも、パパのシャツを握った。

「ありがとうございます。館長さん」

「いえいえ、二人とも良い子にしていましたよ」

オズボーンさんに何度も会釈するママ。そんなママに対して、オズボーンさんはいつも通り穏やかに対応した。

「さ、二人とも。お家に帰るよ」

パパは僕らの手を引く。僕とクリスはあの本のことを気にしつつも、パパについて行った。

「二人とも。また来てね。いつでも待っているよ」

オズボーンさんの声が後ろから聞こえる。僕はオズボーンさんに向かって手を振った。クリスも小さく手を振る。僕らが図書館から出ようとするその時、一人の男の子とすれ違った。その子は足早に図書館の外に出て行く。僕より少し年上ぐらいの背の高い男の子だ。紫色のニット帽を被っていて、紺色のパーカーを着ていた。ニット帽からはみ出る白い髪を揺らしている。男の子は僕とすれ違うとき、一瞬水色の瞳を僕らに向けた。

「ありがとよ、二人とも」

僕の気のせいか、去り際に男の子はそう言ったような気がした。クリスも驚いて、男の子の後を追おうとする。だけど男の子は、もう何処かに行っちゃったみたいだ。僕らが車に乗るときまで、その男の子の姿は見えなかった。


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