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42話 バイバイ

 二人の体が宙に浮いていく。それと同時に光に包まれた二人の体は段々不鮮明になってきた。僕の胸の奥で、何かが駆り立てる。今走り出さないと。大切な何かと永遠に会えなくなってしまう。気持ちが一気に溢れて、僕は大粒の涙をこぼしながらコーラに走り寄った。親友も泣き虫だけど、僕も泣き虫だよ。でも、涙は止まらなかった。今まで我慢していた分、僕のシャツをぐっしょり濡らす。コーラはそんな僕を見て目を丸くする。クリスも涙をこらえながら、コーラに駆け寄った。

「リアム……クリス……」

「嫌だよ、離れたくないよ。まだコーラと冒険したいよ」

弱音を吐くように、僕は情けない声を上げながらコーラに抱きつく。子供だって言われても文句はないよ。自分でも、駄々っ子みたいだって思う。けど、今駄々をこねないと、コーラは行っちゃうんでしょ? そんなの嫌だよ。クリスも、眉間を押さえていた。そんな僕らの様子を見て、コーラは光の帯で、僕らを撫でる。やっぱりコーラは温かいよ。とても温かい、人間の手だ。

「私も、もっとあなた達と冒険したかったわ。だけど……これでいいのよ。あなた達は元の世界に戻る。私達もそれと同じように在るべき場所に戻るだけよ」

僕の頬をコーラの涙が濡らす。なあんだ、やっぱりみんな泣き虫じゃないか。こらえているつもりでも、僕の頬はビチョビチョだよ。コーラも本当は、行きたくないんでしょ? 僕らとまだ冒険したいんでしょ?

「お前は……どこに行っちまうんだ?」

「あなた達がいるところよりもずっと遠い所よ。でも、あなた達の記憶からは私は消えない。そうでしょ?」

コーラが僕の涙を拭く。クリスももう耐えきれなかったのか、涙が少しずつ垂れていた。忘れはしない。絶対忘れるもんか。僕はコーラの帯を強く握る。

「うん、絶対に忘れないよ!」

「ありがとう……。それが聞けて嬉しいわ」

コーラはにっこり笑う。今まで見せたどんな笑顔より、人間らしい笑顔だった。コーラとオズワルドの輪郭が見えなくなっていく。二人は幸せそうな笑みを浮かべて、天井を見上げていた。

「僕とカーラを会わせてくれてありがとう。小さな子供達」

「リアム、クリス。私もあなた達のこと……絶対に忘れないわ」

コーラの帯が、僕から離れていく。引き戻したい気持ちを抑えて、僕は手を下ろした。クリスも身を乗り出そうとする気持ちを抑えて、二人の姿を見ている。これでいいんだよ。コーラにはオズワルドがいる。それに、この世界に来たときから、コーラと別れることは分かっていたんだ。分かっていた……けどやっぱり悲しいよ。光が一層強くなって、二人の姿を完全にかき消した。僕は眩しさのあまり、目を覆う。だけど、手の隙間から、女の人の姿が見えた。僕の見間違いかな。でも、はっきり見えた。金色の髪に、虹色の星の髪留めをしている女の人が。その人はヒスイ色の優しげな瞳で、僕のことを見ていた様な気がした。口には出さなかったけど、僕にはその人が誰なのか分かる。僕はその人に対して、胸の奥で小さく微笑んだ。

 光が止むと、二人の姿は消えてしまった。後には星の欠片のような金色の光が点々と天井から降り注いでいる。僕らはしばらく呆然として、庭園の中央に立っていた。胸を刺すような喪失感が、尾を引くように残る。それと同時に、安堵の気持ちも光と一緒に降り注いでいた。ヴィンセントが優しく僕の肩を叩く。

「さあ、君達も元の世界に帰りなさい。二人が残してくれたこの魔方陣で」

ヴィンセントは少し寂しげな顔をした。そうだよね、ヴィンセントを作ったのはオズワルドだからね。寂しくないわけがないよ。僕とクリスは魔方陣の前に立つ。魔方陣は絶えず青白い光を放っていた。ここをくぐれば、元の世界に帰れる。嬉しさと一緒に、寂しさもこみ上げてきた。まだこの世界にいたい。そんな気持ちが足を取るように残っていた。クリスも一歩を踏み出すのをためらっている。その様子を見て、ヴィンセントは僕の背中を軽く押す。

「君達にも大切な人がいるだろう? その人が心配しているはずだよ。……さあ」

ヴィンセントは僕らを気遣うように笑う。大切な人……。きっとみんな心配しているだろうな。父さんも母さんも、オズボーンさんも。次々に元の世界にいる人々が頭に浮かぶ。……行かなくちゃ。きっとみんな待っているはずだ。

「うん。クリス、行こう」

「……ああ」

クリスもゆっくり頷く。その顔には、もう猛獣の面影はなかった。ただの普通の女の子みたいな顔だ。僕らの様子を見て、ヴィンセントも眉を上げる。僕とクリスは一歩を踏み出して、魔方陣の中に入った。すると、辺りの背景が目まぐるしく変わる。今まで行った場所の風景が、せわしなく映画のスクリーンが切り替わるように出てきた。僕達の体は浮き上がって、空を飛ぶように浮いていく。思い出が消えていくように、今まで見た風景が消えていく。いや、例え目に見える風景が消えても、僕の頭の中には確かに残っている。クリスとの記憶、コーラとの記憶。それがあれば十分だ。風景が消えると、僕らは真っ白な光の中に入っていった。光の中、微かに声がする。気を抜いたら聞き漏らしてしまいそうな声だ。僕は耳をそばだてて、その声を聞く。

「バイバイ……リアム、クリス」


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