41話 戻りゆく世界
心地良い、花のベッドだ。暖かい風が、僕の頬を撫でる。僕はマリンキャップに付いた葉を落として、立ち上がった。僕の真横で、クリスが頭をさすりながら起き上がる。
「大丈夫? クリス」
「ああ、なんとかな」
僕はクリスに手を差し出す。クリスはよれよれになった花を持ちながら僕の手を取る。さっきまで必死だったからよく分からなかったけど、クリスの顔はだいぶ汚れていた。頬の絆創膏もボロボロになっている。だけど、赤茶色の瞳は僕が初めて会ったときより澄んでいた。壊れた噴水の側に、誰かがいた。麦畑みたいな金髪を風になびかせて、騎士みたいな白い鎧に包まれている。見覚えのない男の人だ。甲冑に包まれたその手には、コーラが大事そうに抱えられていた。
「コーラ!」
「安心して。気絶しているだけだよ」
僕とクリスが近づくと、男の人は優しい口調で語りかけてくる。その声と、エメラルド色の瞳を忘れるはずがなかった。ヴィンセントだ。姿こそは違うけど、あの目はヴィンセントのものだ。ヴィンセントは僕らを見て、にっこりと笑う。その顔はもう、魔王ヴィンセントのものじゃなかった。強くて勇敢な、絵本に出てくる騎士みたいだ。
「お前……ヴィンセントか?」
「リアム、クリス、ありがとう。君達のおかげで、この世界はあるべき姿に戻れた」
ヴィンセントは白いマントを風にはためかせて、僕らに頭を下げる。なんだか慣れないな。僕の知っているヴィンセントじゃないみたい。だけど、これが本当のヴィンセントの姿なのかもしれない。クリスも腑に落ちないような顔をする。
「う……うう……。僕は……一体……」
部屋の奥の方から、呻き声が聞こえる。僕とクリスは思わず身構えた。オズワルドが頭を押さえながら、こちらにやってくる。その姿はもうインクまみれの悪魔のような姿じゃなかった。どこにでもいそうな、普通の冴えない男の人みたいだ。青白い顔に、気弱そうな紫色の目。同じ人のはずなのに、さっきとは雰囲気が大違いだ。オズワルドはボロボロの黒いコートを揺らして、夢遊病のようにふらふらとこちらににじり寄る。もう敵意はないみたいだ。僕とクリスは身構えるのを止める。
「君達は……?」
オズワルドは驚いて僕達をジロジロ見る。変な感覚だったよ。だってオズワルドは、僕らを初めて見るような目で見ているんだもん。さっきまで僕達を消そうとしたのに。
「何言ってんだよ。お前はさっきまで、この世界をリセットしようとしたじゃねえか。コーラ……カーラを生きながらえさせるためによ」
「カーラを……生きながらえさせる……?」
オズワルドは壊れた人形のように、その言葉を繰り返す。だけど、その内全ての記憶が戻ったのか、顔色が悪くなった。あまりのショックに、その場にへたり込む。
「……すまない。僕は……僕はカーラを生き返らせることに固執するあまり、君達を本の中に閉じ込めてしまうところだった。……本当にすまない」
オズワルドの目から涙が溢れる。さっきの姿が嘘のように。コーラの親友は、こんなに泣き虫だったんだ。クリスも深くため息をつく。
「オズワルド……」
コーラがヴィンセントの腕の中で意識を取り戻す。オズワルドは慌ててコーラの元へ駆け寄った。コーラはボロボロになった体を起こして、オズワルドの青白い手を取る。ヴィンセントはその様子を黙って見ていた。
「ごめん……カーラ。僕のせいで、君達にこんな辛い思いをさせてしまって」
「……いいのよ。あなたは私に生きていて欲しかったんでしょ? だから私を、星の妖精として生き返らせてくれたんだよね」
「…………」
弱々しい口調のコーラ。オズワルドは自信なさげに顔を俯ける。
「ありがとう……。オズワルド」
コーラはオズワルドに笑いかけた。オズワルドは涙目になりながら、コーラの光の帯を握る。
「君達には感謝しても仕切れないくらいだよ。ありがとう、僕を止めてくれて」
オズワルドが僕達に向き直って気弱そうに笑う。戦っているときはすごく怖かったけど、こうして見るオズワルドの笑顔は、まるでオズボーンさんみたいだ。目元とか見ていると特にそう思う。僕はお礼を言われて、照れくさそうに頭を掻いた。ちょっと慣れないな。人に感謝されるのは。でも、僕よりクリスはもっと慣れてないみたい。顔が真っ赤だったよ。オズワルドは破壊された魔方陣に向かって、手を振りかざす。すると、淡い光を帯びて、魔方陣は元の形に戻った。魔方陣からは噴水のように、青白い光が出ている。
「この魔方陣をくぐれば、君達は元の世界に帰れるよ。君達を消そうとしたことを……僕に償わせてくれ」
申し訳なさそうな顔をするオズワルド。誰のせいでもないよ。確かに、オズワルドは僕達を消そうとしたけど、それはコーラを死なせないようにするためだったじゃないか。ただ、その気持ちが強かっただけで。僕がクリスとコーラを守ろうとする気持ちと同じだ。オズワルドが微笑むと、コーラとオズワルドの体が光り出す。光は庭園の天井から二人に差し込んでいた。暖かいけど、何処か寂しそうな光だ。まるでコーラを何処かに連れ去ってしまいそうなほど。
「そろそろ私達も、在るべき所へ還るみたいね」
「すまない、迷惑をかけたな。ヴィンセント、君には辛い役割を与えてしまった」
光は段々二人を包んでいく。オズワルドの言葉に、ヴィンセントは首を横に振った。
「私は君によって作られた。君が君であっている限り、私はどんな責め苦も受ける覚悟だったよ」




