44話 2人の兄妹
グリーンウッドは、もう夜になっていた。車越しに、オレンジ色の残光を残す街灯が見える。僕とクリスは名残惜しげに外の光景を見ていた。コーラがいた世界の面影はない。それが元の世界に戻ったことを実感したと同時に、コーラとはもう会えないことを思い知らされた。
「クリス。やっぱり僕ら、元の世界に戻っちゃったんだね」
「……そうだな」
クリスも寂しげに答える。もうあの世界のものは、クリスの持つ花しかない。クリスは名残惜しげに。その花を握り締めていた。
「ん? 二人とも、もう仲良くなったのかい?」
パパが車のミラーに映る僕らを見て、不思議そうに尋ねる。僕らはハッとして、お互いと距離を取るように車の端に離れた。クリスは顔を真っ赤にしている。最初の仏頂面が嘘みたいだよ。その様子を見ると、パパは楽しげに笑った。
「……そうか、よかった」
パパはいつになくそわそわしているような気がする。ママもだ。ママも何度も足を組み直していた。後ろの座席にある大量の荷物といい、何か変なんだよな。クリスは、窓の外を覗く。その視線の先には、大きな丘があった。花畑がある、グリーンウッドで一番大きな丘だ。丘の上には、満天の星空が見える。僕もあの丘には良く行くけど、あんなにたくさん星が見えるのは初めてだ。
「なあ、リアム」
クリスが僕の方に少し身を寄せる。いつもより小声のクリスの声を聞こうと、僕もクリスの方へ近づいた。クリスは僕と話すのが照れくさいのか、絆創膏の貼られた頬を掻く。
「……今度、あの丘に行ってみないか? あの丘で、星が見たいんだ」
クリスが言いよどみながら僕に提案する。クリスからそんな言葉が出たのは意外だった。だけど、僕もすぐに頷いた。
「もちろんだよ」
僕の言葉に、クリスは笑顔になる。ちょっと照れくさいな。でも、まんざらじゃなかった。あの冒険を一緒にした、クリスと見たいんだ。車の中で、僕らは丘が見えなくなるまで眺め続けた。その時、一つの流れ星が、僕らが乗る車を追いかけるように空を横切った。丘全体を照らすような、虹色の星が。
屋根の赤い家が近くなった。僕の家だ。庭には、何人か人がいる。隣人のハンフリー家の人達だ。ハンフリー夫妻に、庭を駆け回るハリエット。スマートフォンをいじるリサ。ジョージ兄さんのもう一人の妹だ。大学から帰ってきたジョージ兄さんもいた。いや、ハンフリー家だけじゃない。この町に滅多に来ない、僕のおじいちゃんとおばあちゃんもいた。レオンじいちゃんが庭にテーブルを広げていて、ポーラばあちゃんがレモネードをコップに入れている。一体どうしたんだろう。今日は何か特別な日だったっけ? ガレージに車が留まったとき、僕は何が起きているのか確認しようと庭へ走り出した。クリスも慣れない土地に戸惑いつつも、車を降りる。辺りをキョロキョロ見回すクリスの手を、僕は引っ張って庭へ行った。
庭に着いた途端、パーティークラッカーの音があちこちから鳴り響く。僕とクリスは銃声を聞いた鹿みたいにその場に立ち止まった。拍手の音があちこちから聞こえる。僕とクリスは訳分からず、お互い顔を見合う。
「おめでとう! クリス。今日から君は僕らの家族だ」
車の方から、パパがやってくる。その手には、大きなケーキが抱えられていた。ママも花束を持ってパパの後を付いてくる。僕らが来た途端、ハンフリー家も、僕のおじいちゃんとおばあちゃんも、僕らを見て拍手をしていた。
「リアム、これからはあなたがクリスのお兄ちゃんよ」
ママが僕の頭を優しく撫でる。僕らの目の前にはイチゴのケーキが置かれた。本の中で長い冒険をしていたから忘れていたよ。僕とクリスは、今日家族になったばかりだったんだ。
「……変な感じだね。妹ができるって言うのは」
「アタシも変な感じだよ。リアムが兄ちゃんだっていうのは」
僕らは顔を見合わせてにっこり笑う。そして、大きく息を吸い込んで、ロウソクの火を吹き消した。暗くなった庭を、夜空の星々が照らす。その中でもひときわ大きい虹色の星が、僕らを見守るように輝いていた。ありがとう、コーラ。君のおかげで、僕は妹と仲良くなれたよ。この世で一番ぶっきらぼうだけど、優しい妹とね。




