39話 諦めない心
オズワルドが邪悪な笑い声を上げる。ヴィンセントが絶叫しながら僕に襲いかかった。切っ先からヴィンセントの苦しみが嫌と言うほど伝わってくる。
「お願いだ! ヴィンセント。戦うのを止めて!」
ヴィンセントの手が止まる。首にかけられた鎖が、千切れかけていた。呻き声を上げて、ヴィンセントは持っている剣の片方を僕の前に投げる。抵抗するように、ヴィンセントは空いた手で頭を押さえた。
「リアム……すまない……。その剣で……オズワルドを……救って……くれ……」
途切れ途切れに聞こえてくるヴィンセントの声。うずくまりながら、ヴィンセントは僕に語りかける。その首の鎖は消えかかっていた。暗闇の中で、ヴィンセントの剣が紫色に光る。
「君には勇気がある。きっとカーラとオズワルドを……助けられるはずだよ……」
ヴィンセントはそう言い、消えていった。消える直前に優しげな口調を残して。僕はヴィンセントの剣を手に取る。すると、剣が白く輝いた。紫色のヴィンセントの剣は、僕が以前持っていた白く光る剣に変わっていく。僕が剣を振ると、白い霧が晴れていった。霧の向こうには、息を切らしているクリスがいる。クリスは僕に気づくなり、杖を構えた。
「お前……リアムか?」
怯えた顔つきのクリス。まるでさっきまで何か怖い物でも見たようだ。
「安心して、クリス。僕だよ」
僕の言葉に、クリスは表情を和らげる。ボロボロになっている花を見るに、かなり消耗しているみたいだ。でも、コーラは一体どこに行ったんだろう。辺りを見回しても、コーラはいない。オズワルドもだ。その時、暗闇からオズワルドが現れた。その手には虚ろな瞳のコーラが抱えられている。僕とクリスは武器を構えた。オズワルドは大切そうに、コーラの光の帯を撫でる。
「もうすぐだ……。もうすぐ全てがまたリセットされる。カーラの記憶も消えて、また案内人として次の勇者を導くんだ」
「ふざけんな! これ以上コーラに、辛い思いをさせるつもりか!?」
クリスが杖を振って、衝撃波を出す。オズワルドは手から黒いインクのようなものを出して、衝撃波をかき消した。オズワルドの周りに、どろどろとした黒いインクが立ちこめる。
「僕はカーラさえ生きていてくれればいいんだ! どんな形でも、生きていてくれさえすればいいんだ!」
オズワルドは語気を荒げる。コーラの体が浮き上がって、暗闇へ消えていった。助けないと。僕は剣を構えてオズワルドと向き合う。オズワルドの体には、不気味な黒いインクのようなものが集まっていく。インクはオズワルドの体にまとわりついて、悪魔のような翼を形作る。どす黒いインクが、マントのようにオズワルドの背中を覆い尽くした。あっという間にオズワルドの手足も黒いインクに包まれていく。
「君達にこの物語を終わらせはしない。君達もこの本の中で、永久に生き続けるんだ!」
オズワルドが手のひらにインクの塊を作り出して、僕らに向かって放つ。黒い塊が僕達を塗り潰すように襲いかかってきた。僕は剣を盾に変えて、塊を食い止めようとする。インクは僕に止められても、僕らを飲み込もうとうなりを上げた。すさまじい力だ。少しでも力を抜くと、あっという間に飲み込まれそうだ。だけど、僕は退かない。コーラを助けるためにも、僕はオズワルドに立ち向かわなくちゃいけないんだ。
「コーラの記憶を消して、何度も繰り返させるなんて間違ってるよ! そんなこと、コーラは望んでいないはずだ!」
「この物語が終わってしまったら、カーラはいなくなってしまうだろう? 本を読み終わって閉じるのと同じように、カーラも忘れ去られてしまう。だったら本を読んだ人を勇者として引き込んで、何度も物語を繰り返させるんだ!」
僕の言葉なんて意にも介していないみたいに、オズワルドは攻撃の手を止めない。クリスが衝撃波を出して、インクを撃ち落とした。クリスはだいぶくたびれた顔をしている。息も荒い。僕の盾もインクを受け止めて、真っ黒になってきていた。
「さあ、君達の物語も終わりだよ。諦めて全てを忘れな」
「へっ、“諦めろ”なんて言葉聞き飽きたよ。答えは“そんなのお断りだ”しかないぞ」
クリスが皮肉るように笑う。そして衝撃波をオズワルド目掛けて当てた。衝撃波がオズワルドの腕に命中する。だけどオズワルドは、インクがこぼれ落ちる腕を見てニヤリと笑っていた。
オズワルドの体にあばら骨のようにまとわりついているインクが触手のように伸びて、クリスの体を締め上げる。体に触手が食い込んで、クリスは吐血して低い呻き声を上げた。僕はすかさず、剣を振りかぶってオズワルドの方へ向かっていく。
「クリスを離せ!」
「やれやれ、どうしても諦めないつもりなんだね。諦めた方が身のためだよ。どうせ全て忘れるんだから」
オズワルドは手から無数のインクを槍のように飛ばす。僕はインクを躱しながらオズワルドの触手を断ち切ろうとする。槍が僕の腹を貫く。肩を貫く。片腕を貫く。それでも僕は留まらなかった。痛む体を走らせて、僕は片手で剣を振り下ろす。触手が千切れ、クリスが解放される。だけど、僕も力尽きて、その場に倒れた。足に鋭い痛みが走ってズキズキする。暗闇に、僕の真っ赤な血が点々とこびりついていた。インクが僕の体を蝕もうと、シャツから手足に広がっていく。傷口にインクが広がると、痛みがなくなってきた。だけど、傷が治ったわけじゃない。暗闇に飲まれて痛みを忘れてしまったみたいだ。このままだと、また全部忘れちゃう。いや、忘れるもんか。僕の大切な思い出を手放したくなんかない。その時、白い光が僕を包んで、インクが僕の体から消えていった。傷口も塞がっていく。クリスが震える手で、杖を握り締めていた。僕の傷が塞がったことを確認すると、クリスは安堵したようにため息をつく。
「大丈夫か?」
「うん……。ありがとう、クリス」




