34話 決戦
そう言うとヴィンセントは剣を僕に向かって振り下ろす。僕はすぐに木の枝を盾に変えて、ヴィンセント……いや、魔王の攻撃を受け止めた。上空では、黒雲がとぐろを巻く。耳をつんざくような雷鳴が、頭の上で響き渡った。気を抜いたら両断されそうな勢いだ。魔王は攻撃の手を緩めようとしない。少しでも僕が臆したら、僕のちっぽけな体なんて潰されてしまいそうだよ。魔王はもう片方の剣で、僕をねじ伏せようとする。クリスが魔王の気をそらそうと、衝撃波を放った。衝撃波を剣で弾いて、魔王は手から黒い雷をほとばしらせる。クリスはすぐに飛び退いて、雷を躱した。
「お……おい。アタシ達はただ、元の世界に帰りたいだけだ。何も戦う必要はねぇだろ!」
「もう分かっているであろう? お前達は勇者、私は魔王。たとえその気がなくとも、戦う運命にあるのだ」
先とは打って変わって、冷酷な口調の魔王。殺人ロボットのように、敵対する人間を容赦なく排除する気だ。僕は盾を剣に変えて、魔王の剣を弾いた。魔王はバランスを崩したけど、すぐに踊るように剣で切りつけてくる。僕は魔王の剣の舞に翻弄された。ステップを踏むように、魔王の剣が襲い来る。踊りに合わせて、庭園の花が舞い散った。よけても次の攻撃が迫ってくる。魔王の一太刀が僕の脇腹に当たり、僕は地面に倒れた。シャツが破けて、血がどくどく流れている。その様子を見て、クリスは僕の元に駆けつけた。来ちゃだめだ。そんな僕の願いも届かず、魔王がエメラルド色の瞳をぎらつかせていた。
「リアム、大丈夫か!?」
「に……逃げて……クリス……」
お腹の奥から絞り出すような声で、僕はクリスを引き留めようとする。でも、クリスは僕の元に行こうとした。魔王はそれを見逃さず、電撃でクリスの動きを封じ込める。黒い電流が走って、クリスは地面に崩れ落ちて痙攣した。苦痛に顔をゆがめて、クリスは僕の前でもがく。魔王は蛇が毒で弱った小動物にとどめの牙を突き立てるように、剣を振り上げた。
「よそ見をしている場合ではないぞ。死力を尽くして掛かってこい!」
「て……てめえっ!」
クリスは悪態をつくけど、痺れてどうすることもできない。魔王はクリスの首に向かって剣を振り下ろした。その時、コーラが光の帯で剣を受け止める。光の帯は震え、コーラも息を切らしていた。魔王は顔色一つ変えず、コーラを剣で圧し殺そうとする。
「儚き導き手よ。思えば何度お前はここに来たことか。幾多の勇者の死を、お前は何度も見てきたはずであろう? なぜ抗おうとする?」
「この子達を死なせはしないわ! もうこれ以上悲しみを繰り返させはしない!」
コーラは決意のこもった目で魔王を見る。魔王の瞳が少し揺らいだ。僕は痛む脇腹を押さえて立ち上がり、魔王の剣と切り結ぶ。コーラは驚いて、僕のそばに寄った。
「リアム!?」
「ほう、まだ戦うか。……おもしろい、その意気だ」
僕は呼吸を整えて、魔王の剣の動きを見る。右から……次は左から……。意識を集中させて、魔王の剣の動きを読み取る。でも、どんなに僕が剣を振っても、魔王からは焦り一つ感じられない。まるで僕を試しているように。
「……迷っているな。リアムよ」
魔王が僕の心を見透かすようにあざ笑う。その時、僕の真上から魔王の剣が振り下ろされた。コーラはとっさに僕をかばって、一撃を受けてしまう。コーラの体が切り傷に沿って不鮮明になる。そのままコーラは花の上に倒れた。ヒスイ色の瞳が虚ろになって、コーラは気を失ってしまう。
「コーラ!」
「迷いは仲間の犠牲を生むぞ。私を倒すことだけに集中しろ」
魔王は手から雷を撃ち出す。僕はすぐに盾で防御しようとする。雷が光線のように襲いかかって、僕はじりじりと後ろに下がっていった。雷が盾を壊そうと牙をむく。両手が痺れて、脇腹がきりきり痛んだ。……勝てない。力が違いすぎる。今までのどんな相手よりも、この魔王は強い。僕が必死で防御しているのに、あの魔王は疲れて攻撃の手を止めようともしない。僕の脇腹からは止めどなく血が流れていく。まるで僕の生命力が消えていくように。ついに悲鳴を上げるように、盾が打ち砕かれた。盾は木の枝に戻って、燃え尽きてしまう。僕の体に光線が直撃して、僕は庭園の奥の壁まで吹き飛んだ。壁に激突して、僕は口から血を吐く。全身に鈍い衝撃が走る。僕の目の前には、木の枝の燃えかすが舞い散った。もう僕を守るものはない。体を守るように僕は両手で肩を支える。できれば泣きたかった。助けを求めたかった。だけど、恐怖で涙も声も引っ込んだ。魔王は剣を携えて僕の元へにじり寄る。
「……終わりだ。案ずるな、勇者よ。お前は死ぬことはない。私の駒の一つになるだけだ」
魔王は僕を押し潰すように言い放つ。ルシアンもこんな気持ちだったのかな。魔王が持つ剣を見ると、今すぐにでも首をはねてもらいたくなる。このまま地面にうずくまっていても、傷が痛むだけだ。観念したように、僕は腕をだらりと降ろす。その時、すさまじい音とともに、魔王の体がよろけた。マントで煙を振り払って、魔王は剣を握り直す。クリスが痺れる膝を付きながら、杖を構えていた。杖の先が紫色に輝いている。痛みをこらえて、クリスは歯を食いしばった。
「ア……アタシの兄ちゃんに手を出すな……」
震える大きな足で、クリスは立ち上がる。魔王はすかさず剣から黒い衝撃波を放って、クリスを吹き飛ばす。クリスは庭園の噴水に激突して、頭から血を流した。クリスはボロボロになったジャンパーの袖で血を拭き取って、ふらふらした足取りで立つ。どうしてまだ立つんだ。分かっただろう。僕らと魔王じゃ力の差があまりにもありすぎるって。魔王は手から黒いもやを出して、クリスを縛る。もやは巨大な悪魔の手のように、クリスを握りつぶそうとした。喉を押さえつけられて、クリスの口から嗚咽が漏れる。その様を魔王は平然として見ていた。
「無駄な抵抗をするな。もがけばもがくほど、お前が苦しむだけだぞ」
「だ……誰が諦めるかよ……。お前なんかの……駒になるつもりはねぇ……!」
苦しみながら、クリスは魔王に悪態をつく。魔王は深くため息をついて、クリスの喉元に切っ先を突きつけた。それでもクリスは、赤茶色の目で魔王を睨む。その目は全てを諦めた目じゃなかった。どうして……。どうして魔王が怖くないんだ。どうして抗うんだ。攻撃は効かない。守る事もできないのに……。
「哀れな勇者だ……。その僅かな空意地も、私が摘み取ってやろう」
「止めろぉー!!」
僕は痛みも忘れて、魔王の剣の前に飛び出していた。自分でもどうしてか分からない。武器も持っていないのに、僕は魔王の剣を体で受け止めようとした。




